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エスニックグループの活動と米アジア関係:アジア系アメリカ人の経験(3)

2.変化と機会 / 3.アジア系アメリカ人と米アジア関係 / 4.永遠の外国人
5.連帯、分裂および立ちはだかる障壁

3.アジア系アメリカ人と米アジア関係

つながりと決定要因

アジア系アメリカ人の安寧が、アジア諸国の役割と影響力、および米国と出身本国の関係と密接に結びついていることは、歴史の証明するところである。これまでアジア系アメリカ人グループの規模および構成は、その法的地位、政治参加および身体の安寧同様に、米国外の出来事と関係してきた。

米国へのアジア系移民の流入は、米国とアジア諸国の関係が大いに関わっている。米国がアジアにおける主な紛争当事者となって以来、米国への移民に拍車がかかった。多くの難民や移民は、政治的に不安定、または戦争状態の地域からやってきた人々であり、米国に移ってからもアジア人としてのルーツが生活を規定している。

これまで、あるアジアの国が強国であると見なされると、米国内における同国出身のグループへの態度も変わってきた。とはいえ、その影響が良いものであったか否かについては一概に決めにくい。例えば、20世紀初めから半ばにかけて日本の動きが強まったことで、日系アメリカ人コミュニティに及んだ影響は様々な要素が入り混じっている。米国政府が、日系移民に対して中国系のように公然と排除を行なうに至るまで時間がかかり、二の足を踏んでいたという事実には、日本の国際社会における地位がより高かったことが大きく反映している。また、日米紳士協約も日本の地位を認識していたゆえであったことは明らかである。ところが、日本が軍国主義化するにしたがい、米国政府および米国民は日本人全体に対して警戒心を高めていき、それが日系アメリカ人への敵意を増幅させ、第二次世界大戦時における強制収用までエスカレートした。

関心事

ティップ・オニール元米国下院議長は「あらゆる政治は、地方的なものである」という台詞を好んで用いていたが、米国のエスニックグループの中には、「あらゆる政治は、国際的なものである」という表現の方がぴったりくるものもある。例えば、キューバ系アメリカ人による政治活動の最たるものは常に外交であった。彼らの国外および国内での活動はいずれも、本国におけるフィデル・カストロの政権存続への懸念が大きく関わっている。ユダヤ系アメリカ人の政治への関与においても、アメリカがイスラエルの安全と安定を保護する政策をとるよう見極めることが重点に据えられている。多くのアジア系アメリカ人も母国の政治と米国の外交を関心事としているが、それがしばしばコミュニティ間およびコミュニティ内部での深刻な緊張を引き起こしてしまう。

外交関心事において世代間の差異があるということは、多くのアジア系アメリカ人が一般的に認めるところであるが、その違いの傾向や影響については若干の議論がある。一つの見方としては、移民の第一世代は本国とのつながりがより緊密であるがゆえに対外関係に関わる出来事を注視するが、その後世代が進むにつれてアメリカに同化し、こうした関心は薄れていく、従ってアジア系アメリカ人が本国の政策や米国の対本国政策に激しく懸念し、ときには熱狂的な支持をおくる背景には、その多くが米国外で生誕したという事実が暗示されている。

他方、アジア系アメリカ人の第一、第二世代は米国での生活を安定させて馴染むために、外交に関する事柄にほとんど注意を払わないという意見もある。ドン・ナカニシは、「カリフォルニアやワシントン、ハワイといった州においてアジア太平洋系アメリカ人やその他のエスニックグループにとっての政治・経済的状況が変化しつつある中」、今後何十年か経れば、生活の安定という関心は和らいでいくだろうと主張している。

「例えば、アジア太平洋地域からの移民の二世や三世の中で、特にビジネスや法律、報道、ハイテク、学術研究に関わる層は、新興の環太平洋地域や、より広い意味で、多くの国々の政治経済の国際化に由来する構造的変化に関わる分野で目ざましく活躍している(2001, 120)。」

更に言えば、時代や世代が変わるにしたがって、一般的に移民コミュニティは社会経済その他の面での力を拡大し、政治力や政策決定への影響力を増していく。そうなることによって、実効的な関与のために必要な力は拡大するが、それに対する関心は減退していくという逆説的な作用が生じることもありうる。

活動

アジア系アメリカ人の運命を主に決定付けてきたのは、外交問題である。したがって、こうした外交分野におけるアジア系アメリカ人の利害は常に重要であり、同様に関心も高かった。しかし、一部の例外を除いて、米国で対アジア諸国の外交方針を形成する際のアジア系アメリカ人の役割は当事者たるプレーヤーというよりは、いつも駆け引きの駒であり、アジア系アメリカ人が外交に一貫して強い関与を行なうことはほとんど無かった。

アジア系アメリカ人による活動は散発的かつ一時的なものであったが、一部で主張されるように全く存在しなかった訳ではない。アジア系アメリカ人は米国に移住を始めた当初より、しばしば関心事項を外交活動に転じてきた。例をあげると、中国系による「六協会」は、1868年のバーリンゲーム条約の作成において、強力なロビー活動を行なった。近年においても、中国系アメリカ人コミュニティは中国に関わる問題のあらゆる側面で、熱心な関与を行なっている。在米の「親台湾独立派」もプレゼンスや組織構成を拡大してきている。また、彼らは米国の政策に影響を与えるべく、必要な分野によってはロビー力を結集し、全国、地方レベルの事務所も設置している。中国系アメリカ人は、その他にも貿易、人権、保健、宗教の自由および環境といった分野に力を注いできた。

1990年、天安門事件の直後、アメリカと中国の相互関係改善のために「100人會」が設置された。同組織には、ヨーヨー・マ(チェロ奏者)、I・M・ペイ(建築家)、マヤ・リン(デザイナー)、デビッド・ホー(科学者)、ジュリア・チャン・ブロック(元大使)を始めとする著名な中国系アメリカ人が名前を揃え、その年次会合においては、議員や政府閣僚をも含む高官、高名な学者等のそうそうたる有力者らが出席している。2005年度会合においては、「米中の経済統合」、「米国における対中国政策策定」、「国家安全保障問題および国際貿易における中国の経済的影響」、更に「アジア太平洋系アメリカ人の政治参画」といったテーマに焦点が当てられた。

韓国人が米国に移住し始めた当初、宗教系が主であった数々の韓国人組織は、日本の帝国主義的野望を阻止するよう、米国に働きかけようとした。また最近では、韓国青年連合やNodutolに所属する韓国系アメリカ人の活動家らが朝鮮半島再統一を支持している。

インド系コミュニティにおいては、特にインドの独立問題に際して、ガダル党、インドの幸福同盟、インドの自由友好会、インド本国支配同盟および在米インド同盟といった組織の尽力を通じて外交に関与した。インド系アメリカ人は、アメリカによるインド支持を得るために、広くロビー活動を行ない続けてきた。また、米・パキスタン関係が過度に良好と見られれば、それに精力的に反対してきた。これについては最近では、米国がパキスタンに戦闘機等の高度な武器を輸出することへの組織的反対やパキスタンによる核武装の野望に歯止めをかけさせるための要請が見られる。他方、パキスタン系アメリカ人は、アメリカが対パキスタン援助やインドの核装備抑制に向けて動くよう、積極的にロビー活動を行なってきた。

フィリピン系アメリカ人も、Dimas Alang等の組織を通して、当初はフィリピンの独立運動、最近ではフェルディナンド・マルコス体制への米国支持を弱めるための働きかけを行なっている。

比較的歴史の浅い東南アジアからの移民においても、多くのベトナム系アメリカ人が米国とベトナムとの国交および関係修復をめぐる働きかけを行なった。また、多くのカンボジア系アメリカ人もポル・ポトによって荒廃させられた経済活力、政治的秩序および司法を構築するための支援を求めてきた。カンボジア系アメリカ人にとっての重要議題は、とりわけ、大量虐殺を立証するための法廷設置への政治物質両面での支援を米国に対して呼びかけることである。

最近では、特に電子コミュニケーションといった想像的技術を利用した活動の努力も行なわれている。天安門での虐殺を受けての活動では、書簡や電報、ファックス、ビデオといった従来の通信手段が用いられたが、さらに、抗議やそれへの支持を行なう上で、いわゆるインターネットやEメールといった、当時では比較的新しい通信技術も相当うまく活用された。「中国ニュースダイジェスト」は、購読者数35,000人を超える全国規模のサイト・サービスであるが、同サービスは天安門事件後、中国系アメリカ人の研究者や学生によって立ち上げられた。インド系アメリカ人コミュニティも、「インドネット」という類似したサービスを設置している。

上述のようなアジア系アメリカ人の関与の例をあげていく上で重要なのは、外交における関心は高いが、それに比べて活動は消極的であるという事実を看過すべきでないということであろう。外交における関心が即活動へとつながる訳ではなく、さらに活動したからといってそれが成功する保証もないということは、アジア系アメリカ人が経験した歴史が広くそれを証明している。このことは様々な理由により事実であり、政治的関与が異なるレベルで起こる原因、政治的に有用な手段の配分、そして疎外感や傷つきやすい心等について重要な疑義を生み出す。アジア系アメリカ人は米国の外交に大きく左右され、また関心を抱いてきたにもかかわらず、外交に働きかけようと試みるたびに、厳しい反発を生んできた。

>>4.永遠の外国人

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