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CGPの人物交流事業

エスニックグループの活動と米アジア関係:アジア系アメリカ人の経験(4)

5.連帯、分裂および立ちはだかる障壁

4.永遠の外国人

先に述べたとおり、アジア系アメリカ人コミュニティの拡大によって、その潜在的な政治的影響力の増大も可能となる一方で、コミュニティの規模や活動が拡大することで、これに対する反発を生じさせうる。アメリカの歴史においては、アジア系アメリカ人は脅威であるとする見方が常にあり、彼らに対する根強い反発があった。些細なことですぐに、アジア系アメリカ人は裏切り者であるという古い亡霊が呼び起こされ、いつまでたっても外国人であり、よそ者として見られてきた。外交へ関与しようとする活動は、こうした根強い感情に油を注ぐこととなるのである。

一部の人々にとっては、外交への関与は明らかにタブーであり、活動家としての役割を果たそうとするアジア系アメリカ人が、その行為の正当性を単に主張するだけでは充分ではなかった。建前としては活動する権利は非難されるべきものではないにしても、その権利に則って活動を行なうことは危険な試みであった。活動家の忠誠心の真偽に対して疑念を抱くのが社会の趨勢であるので、こうした傾向を拭い去ろうと積極的に活動すればするほど、かえって多くの人々がアジア系アメリカ人の忠誠心の分裂を危惧することになったのも当然であった。

アジア系アメリカ人は、常に米国人の隠れ蓑を着た外国人との人種的烙印を押されてきたため、外交関連の関心事や活動が認められず、二重の障壁にさいなまれた。アメリカに帰化することを阻まれ、排除と差別に直面してきた。アジア系アメリカ人をよそ者扱いするために、あらゆる手段が講じられた。それと同時に、こうしたアジア系移民およびその子孫は、「外国人のように振る舞い」、本国の政策に利するような情報や本国に対する米国の指針にかかる情報等を垂れ流しているとも非難されてきた。アリフ・ダーリクは次のように述べている。

このような言説によって、アジア人は永遠の外国人とされてしまい、文化的にも、そして何と遺伝的にも「真の」アメリカ人にはなれないと見なされてしまった。このスタンスは、1882年から第二次世界大戦にかけてのアジア系アメリカ人の排除を正当化する口実となった。こうした排除によって、彼らの出身国との連帯感や本国における政治的関与までもが失われた訳ではないものの、こうしたつながりを肯定することは、一層不利なことと考えられるようになってしまった。米国で生まれた世代のように本国意識が薄い層においても、アジア系アメリカ人の「アジア人らしさ」が、「真の」アメリカ人になることを阻んでいると考えられた(1999, 32)。

好ましくない外交活動を行なっていると疑われたアジア系アメリカ人に対して政府の容赦ない弾圧が行なわれることも、しばしばあった。例えば、中国系アメリカ人に関しては、1949年の共産党勝利以降、しばらく本国の新政府に対する同コミュニティの支持の度合についての判断がつきかねたため、政府は安全策を取った。ロバート・G・リーは著書の中で、「レッド・チャイナへの恐怖は、中国系アメリカ人コミュニティにも広がった。(中略)FBIに勤務する蒋介石支持者の中華街のエリートは、中国における新共産体制に対していかなる形での支持もできないようにするためのメカニズムを立ち上げた。この「対敵通商法」は、家族送金も含め、中華人民共和国への為替送金を全面的に禁じており、共産シンパの疑いがある者を国外に追放するという手段として用いられた。実際に国外追放されたのは一部の左翼活動家や労組幹部に過ぎなかったが、国外追放の恐怖は、長い移民排斥期の間に「替え玉移民 (paper sons)」といわれる偽装移民としてアメリカにやってきた多くの人々を震え上がらせた(1999, 152)。」

アメリカ政府は、インド系アメリカ人コミュニティにおいても、同盟国イギリスの支援によって反植民地主義者の活動家を国外追放した。

不忠と不信という言いがかりは、都合の良い建前として不純かつ偏狭な思惑のもとで利用された。例えば、1942年、西部防衛司令官のデウィット将軍は、日系アメリカ人の強制収容を要求する際、忠誠心を決定付けるのはエスニシティであると主張した。多くのアメリカ人にとって、日系アメリカ人の排斥を叫んだ背景には、彼らの経済的成功に対する根拠なき強い報復心、そしてかねてからの根深い人種差別があった。

外交分野に積極的に関与するアジア系アメリカ人は他のエスニックグループの場合と同様、意識的かどうかはともかく、出身本国機関によって利用されることがしばしばであった。特に現の領事館を通じた移民コミュニティとの良好な関係構築は、一部に懸念をもたらすこともしばしばであった。

アジア諸国が引き起こす恐怖や戦慄は、とりもなおさずアジア系アメリカ人にも当てはめられてしまいやすいゆえ、アジアの問題や米国の政策にアジア系アメリカ人を近づけないことが彼らに対する適切な戦略であると主張する者もいるであろう。その戦略が賢明かどうかについては議論の余地があるとはいえ、こうした主張の背景には、外交問題におけるアジア系アメリカ人の活動が拡大することで、強い反発が起こりやすくなるとの思い込みがある。歴史的経緯、人種差別、そして外交に関与することの妥当性に対する大きな疑念といった、一連の要因によって、アジア系アメリカ人による外交活動は確実に悪い結果をもたらす可能性があるとされているのである。

多くのアメリカ人および米国政府が持つ、外交活動と意見の相違を不忠と混同してしまう傾向こそが、アジア系アメリカ人を「震え上がらせて」、外交政策決定の舞台で活躍しようとする考える気概すら削いでしまうのであろう。アジア系アメリカ人の多くは、米国における居住期間の長短にかかわりなく、自分達がどのように見られるかということについて苦しみ続けなければならなかった。アイデンティティの問題は複雑であり、外交問題に関与するかを決心する上で、最も憂慮すべき事柄となる。アメリカ中のアジア系アメリカ人は、アメリカ人としての責務を果たし、アメリカ人としてのアイデンティティを持っていると自負しているが、それでもやはり、自分達は裏切り者だと思われているのだろうかと過度に不安になることがしばしばある。アジア系アメリカ人は、彼らの外交への関与の正当性について異を唱える人々に対して様々な弁明を行なっている。この弁明を評価するに際して、アジア系アメリカ人の間の不和を煽る勢力と、連帯を図る勢力を見極める必要がある。アジア系アメリカ人が参画や影響力を得る上でのそれ以外の障害についても考慮すべきであろう。

>>5.連帯、分裂および立ちはだかる障壁

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