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日系アメリカ人リーダーシップ・シンポジウム
「多文化共生実現への道:マイノリティの視点から」報告

公開イベント
日系アメリカ人リーダーシップ・シンポジウム
「多文化共生実現への道:マイノリティの視点から」報告



本シンポジウムについて、報告書(全95ページ)【PDF:967KB】を発行しました。ご希望の方には送付いたしますので、資料請求フォームからご請求ください。

日時:2005年3月7日14:00〜16:30
会場:新神戸オリエンタルホテル9F 舞子の間
主催:国際交流基金日米センター
共催:財団法人兵庫県国際交流協会、全米日系人博物館
後援:兵庫県
招へいグループ一行の写真
招へいグループ一行
(井戸兵庫県知事表敬訪問)


【日系アメリカ人リーダー招へい事業】

2005年3月5日から3月12日にかけて、日米センターは外務省との連携のもと、日系アメリカ人リーダー12名を日本に招へいしました。この事業は、日系人と日本人の相互理解を深め、将来にわたり日米関係を強化するための橋を架けることを目的としています。
参加者は、日本の政界や財界のリーダーらとの率直な懇談を通じて彼らとのネットワークを形成し、現代日本への理解を深めました。

 

【シンポジウム:多文化共生実現への道:マイノリティの視点から】
パネリストの写真
パネリスト

2005年3月7日に、上記招へいグループのメンバーから5名、加えて開催地の兵庫県神戸市で多文化共生社会の実現に向けた活動に取り組む市民団体の関係者2名をパネリストに迎え、「多文化共生実現への道:マイノリティの視点から」と題する公開シンポジウムを開催しました。

はじめに、コーディネータのアイリーン・ヒラノ全米日系人博物館館長から、今回のシンポジウム開催にあたってのお話がありました。

竹沢泰子氏とアイリーン・ヒラノ氏の写真
コーディネーターの
竹沢泰子氏(京都大学助教授)と
アイリーン・ヒラノ氏
(全米日系人博物館)

? 2000年に日系アメリカ人リーダーグループが、神戸を訪れてシンポジウムを開催しましたが、その際、関西のNPOセクターで活躍する様々な方々と交流をして感銘を受けたことが思い出されます。それから5年が経ち、目覚しい復興を遂げた兵庫県で、阪神・淡路大震災10周年関連行事の一つとして、再びシンポジウムを開催できることは、震災の際に様々な形で支援に協力させていただいたアメリカ日系人社会の私達にとっても、特別な重みがあります。今日のシンポジウムを通じて、お互いに学びあい、今後の連携を深める端緒となれば幸いです。


引き続き、コーディネーターの竹沢泰子京都大学人文科学研究所助教授から、日系アメリカ人社会の歴史的背景や、今回のシンポジウムの趣旨について説明がありました。

? 現在、約80万人(片方の親のみが日系人である人々も含めると約100万人)といわれる日系アメリカ人は、アメリカ社会で目覚しい活躍を遂げていますが、人口比ではわずか0.3%を占めるにすぎません。その彼らが、息の長い活動の結果、1988年の市民的自由法制定により、第二次大戦中の日系人強制収容に対するアメリカ政府の謝罪と補償を勝ち取りました。
一方、現在日本には200万人の外国人(兵庫県では10万人)が在住しています。本日のテーマである「多文化共生」という言葉は、阪神淡路大震災の後の外国人支援活動を契機に一気に広まった言葉です。震災は国籍を問わず誰にも平等に降りかかりましたが、復興の道程はとりわけ外国人にとっては困難なものでした。そうした中、数多くの外国人支援NGOが生まれ、自治体情報の多言語による提供など、状況の改善が進んでいるとはいえ、まだまだ問題は山積しています。本日のシンポジウムでは、各パネリストの職業や活動を通じた具体的なお話を通じて、多文化社会実現のために何をなすべきか等について、考えるきっかけとなれば幸いです。


一人目のパネリスト、ジョージワシントン大学ロースクール副学部長で教授キャロル・イズミさんからは、多文化主義と法律の関係について、専門的な見地からお話がありました。

? 様々な文化的背景をもったグループが存在するという状態は、「多様性」(Diversity)という言葉で表現できますが、「多文化主義」(Multi-Culturalism)とは、それぞれのグループが同じように尊重されつつも、全体としてまとまりのある社会を構成している状況をいいます。例えば、法律は宗教の自由を保障していますが、動物を用いたある宗教的な儀式の遂行が、動物保護の法規に照らして問題となるといった例のように、対立を生じることもあります。そうした場合には、問題解決の手段として調停制度が有効に機能しており、自分も調停員を務めていますが、文化的多様性の尊重と、自由、平等、正義という社会に共通の価値の間のバランスを取っていくことが重要だと思います。


キングテレビ・アンカー、ロリ・マツカワさんは、マイノリティのバックグラウンドを持つジャーナリストとして、自らの経験を語りました。

? 大切なのは、高い志を持ち、良質な教育を受け、良い機会に恵まれることです。自分は両親から「何でも自分の望むとおりにやればいい。ここはアメリカなんだから」といって育てられ、幸運にもスタンフォード大学に進学して学ぶことができ、ミスティーンエイジアメリカに選ばれるという好機を得て、また卒業とほぼ同時にジャーナリストの仕事を得ることができました。だから自分には、次世代に対して同じことをしていく責任があると思い、マイノリティ出身のジャーナリスト協会に関わり、奨学金をスポンサーしたり、ジャーナリスト志望のマイノリティに対する就職支援などを行なっています。今日は、色々な立場の方が会場にお集まりですが、それぞれの立場から、次世代の担い手、特にマイノリティの子どもたちが高い志を持ち、良い教育を受けて、良い機会に恵まれるように支援して欲しいと思います。


ロサンゼルス市警警視、テリー・ハラさん は、アジア系アメリカ人として同市警における過去最高のランクまで昇進した自身の経験を振り返りながら、語りました。

? 小さいときから人を助けたいという気持ちが強く、悪い奴を捕まえて社会に貢献する警察官になりたいと思っていました。白人男性が優位の警察組織に、マイノリティ出身の自分が受け入れられるかという不安はありましたが、市警は当時から組織に社会の多様性を反映することに積極的で、長年の努力の結果、現在は職員の52%はマイノリティの出身者で占められており、現在のトップもマイノリティ出身です。自分も影響力のある地位につきたいと思い、努力して出世の階段を上ってきましたが、高い地位になればなるほど、周囲は自分の一挙手一投足に注目するようになります。高い地位にある者の責務として、自分は組織内の多くのマイノリティの存在を代表し、後進のために路をつくっていかなければならないと思っています。大変なことですが、困難だとあきらめてはいけません。ゆっくりではあっても必ず変化は訪れるもの、出口の無いトンネルはないのです。


多言語センターFACIL代表、吉富志津代さんは、地元神戸で震災を契機として生まれた多文化共生社会の実現を目指して活動する市民団体での経験を中心に語りました。

 ? 震災は日本人にも外国人にも平等にふりかかり、誰もが被災者となりました。それまで地域から「ベトナム人」、「ブラジル人」というように一括りに見られていた人たちが、復旧活動の中で、「○○さん」「△△さん」というように顔が見える存在になっていくにつれて、それまで「外国人はゴミの出し方のルールを守らない」と文句を言っていた地域の人々が、「自分達はルールを分かりやすく説明していたか」とか、「そもそもこういうルールで本当にいいのだろうか」と、考え直すようになりました。自分達の活動の一つに、行政等の発信する情報の多言語化がありますが、その一環として、日本語初学者の外国人向けに、情報を「やさしい日本語」に書き換えて提供したところ、日本人の高齢者に喜ばれるということもありました。マイノリティのためと思ってやっていることが、実はマジョリティのためにも役に立っている。外国人住民の存在は、地域社会をより暮らしやすくしていくためのチャンスでもあるです。


ベライゾン・ハワイ社社長、メルヴィン・ホリカミさんは、企業における多文化主義への取り組みの難しさを、自身の経験も交えて語りました。

 ? ベライゾン社は、多様性の尊重に関する取り組みについて専門誌で上位にランクされるなど、先進的な取り組みをしている企業ですが、そういう企業でさえ色々と難しい問題に直面しています。例えば、ヒスパニック系従業員達が、役職者に占めるヒスパニック系の割合が低いと会社を裁判に訴えるケースがありました。能力のある従業員がマイノリティであるという理由で昇進差別を受けることがあってはなりませんが、逆に訴訟を恐れて「数合わせ」に走ると、従業員の士気をそいでしまいます。また個人的経験ですが、ハワイからアメリカ本土に転勤した際には、地域の人々が日系アメリカ人の歴史についてあまりに無理解であることに驚かされたこともあります。多文化社会についての理解を深めていくには、まだまだ長い道程が必要だと感じています。


ブロードコム社シニアエンジニア、マーク・コバヤシさんは、日系アメリカ人市民連盟(JACL)の全米書記として、JACLの歴史や役割を語りました。

 ? JACLから奨学金を得て大学で学び、お世話になったお返しがしたいと思ってその活動に関わるようになりました。JACLは、日系アメリカ人に向けられた差別の撤廃のため様々な法律制定を働きかけてきましたが、その最たるものは、市民的自由法の制定により、日系人強制収容の過ちに対する謝罪を勝ち取ったことです。9.11の直後に、最初にアラブ系アメリカ人が不当な扱いを受けてはならないと声をあげたのもJACLです。かつて日系アメリカ人が苦しんだ不公正に、他のエスニックグループの人々が二度と苦しまぬよう、様々な人々と連帯していかなければならないと思っています。


自身も日系ブラジル人である、関西ブラジル人コミュニティ代表、松原マリナさんは、コミュニティの活動を実例を交えながら紹介しました。

会場の様子の写真
会場の様子

? 6年前に、ボランティアでブラジル人の子どもたちに日本語を教えたのが活動の始まりでした。責任の重い仕事でしたが、娘に励まされて続けることができました。ブラジル人の親達は生活のために共働きであることが多く、子どもの教育にまではなかなか手が回りません。
子どもも親の姿を見て育ち、将来の夢を描くことより目先のお金を稼ぐことに関心が向かいがちです。私達のコミュニティ活動で、ブラジルの歴史を学んだり、ブラジルのお祭りに参加した子どもたちがブラジル人としての自分に誇りをもつようになり、積極的になった例もあります。少しずつですが小さな成果を積み上げて行きたいと思ってますので、温かく見守って欲しいと思います。


最後に竹沢助教授が、それぞれのパネリストのお話を総括しながら、多文化共生は決して遠いところの話ではなく、私達一人一人がごく身近なところから、自分のできる範囲で取り組んでいくことが重要ではないか、と締めくくられました。


【来場者の声】
来場の方々にご記入いただいたアンケートから。

日本に住んでいると、マイノリティの存在がなかなか見えてこないが、これからは意識的に対話していきたいと思う。
パネリストのバックグラウンドが多様であり、日本人が「マイノリティ」という言葉に対して抱きがちな偏った見方を改めるよい機会が提供されたのではないか。
前向きなメッセージが多かったが、現在直面している苦労についても更に知ることができると、一層良かったと思う。
最前線で活躍する方々の生の声には説得力があった。

【日系アメリカ人招へい事業参加者】
(シンポジウムコーディネーター、グループリーダー)
アイリーン・ヒラノ 全米日系人博物館館長、CEO

(シンポジウムパネリスト)
テリ?・ハラ ロサンゼルス市警警視
メルヴィン・ホリカミ ベライゾン・ハワイ社社長
キャロル・イズミ ジョージ ワシントン大学ロースクール副学部長/教授
マーク・コバヤシ ブロードコム社シニアエンジニア
ロリ・マツカワ キングテレビアンカー/リポーター

(その他の参加者)
ドナ・コタケ サンフランシスコ郡税額査定・記録局次長
ランディ・タハラ イヴォンヌ・バークLA郡参事上席補佐官
トム・ミガキ デンバー郡・市役所予算管理部補助金管理部長
スーザン・スコット GO2ハワイ社副会長
ジーン・フジウ 日系シカゴ定住者会事務局長
マリコ・ゴードン ダルマ・アセット・マネジメント社社長
ケリー・サイトウ ガーディング・エルデン・ディベロプメント社経営責任者

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