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日系人交流事業の意義

寄稿:津田塾大学学長 飯野正子氏飯野正子氏の写真


日系アメリカ人の歴史を振り返ると、アメリカ社会における日系人の立場や地位が日米関係の変化に大きく影響されてきたことがわかる - 彼らが好むと好まざるとにかかわらず、あるいは、認識するとしないとに関わらず。とくに日米関係が悪化したときのアメリカ社会の日系人に対する姿勢に、その影響が明確にみられる。

日米貿易摩擦を経た1990年代、日系人コミュニティに新しい動きがみられた。日系三世が中心になって、日米関係を改善しようとの努力を始めたのである。日系人であることを生かし、日本とアメリカの「懸け橋」となって日米関係に貢献しようとの努力である。

もちろん、この「日米の懸け橋」という考え方は、1990年代に生まれた新しいものではない。アメリカ社会に排日感情が高まっていた1920年代(その頂点とみなされたのは1924年移民法)、当時、日系人コミュニティの指導者的存在であった安孫子久太郎は、排日運動に「油を注いできた誤解」を解くため、二世こそが「日米両国をつなぐ相互理解の懸け橋」として重要な役割を果たすべきだと論じた。二世が懸け橋となってアメリカ社会で能力を発揮するには、まず日本について十分な知識をもたなければならず、それを進めるのが一世の「道徳的な義務」だと考えた安孫子の「懸け橋」論の実現の第一歩は、二世が日本を訪れ、日本に関する知識を得ることであった。

1990年代以降の「懸け橋」論が安孫子の唱えたそれと異なる点は、主として三世の日系アメリカ人が、自ら、それを自分たちの役目として唱えていることである。日系三世が日米関係改善に重要な役割を果たそうとの意志を明確にし、そうできる自信を表明しているのである。日米両国を理解しやすい立場にある自分たちこそが、「日米の懸け橋」になるべきだという意識が彼らの行動に示されていることは、最近の日系人コミュニティの重要な変化である。

このような動きを外務省や日本の政府機関がサポートすることは、きわめて重要である。たとえば、三世リーダーを日本へ招き日本各地を訪問して各界の日本人リーダーと面談し日本の文化に触れる機会を提供する「日系アメリカ人リーダー訪日招へいプログラム」は、すでに6年を経て、大きな実りを見せている。2006年の夏、筆者は、同プログラムが2001年から2005年までの5年間に招へいしたリーダー多数にインタビューをする機会を与えられたが、そこで、同プログラムがきわめて有効であるという印象を得た。

同プログラムで日本を訪れた日系人三世の多くは、選考の基準の一つが「訪日経験がない、あるいは少ないこと」であることからわかるように、それまで日本に関心を持たず、つまり自らのルーツを知る努力をしていなかった人々である。しかし、同プログラムによる訪日によって、次の4点が、顕著な結果として生まれたと、参加した日系人の大半が表明した。(1)自分のルーツやアイデンティティに対する関心が深まった。(2)日本や日本人に対する認識が改善された、あるいは、もっと知りたいと思うようになった。(3)日系人コミュニティや日米関係に関わる活動に積極的に参加するようになった。(4)日系人参加者同士のネットワークが強まっている。

たとえ日米関係の改善に役立つような影響力をアメリカ社会全体に及ぼすことは難しいとしても、日系人コミュニティのリーダーとして日本との絆をコミュニティに伝えることはすぐにでも可能であり、訪日したリーダーたちがすでに実行していることでもある。インタビューの一つで聞いた印象深いエピソードがある。同プログラムによる初訪日で日本・日本人に好感を抱いて帰国した後すぐ実行したのは、自分の息子を日本に行かせたこと、そして続いて、自分が関わる日系人コミュニティの子供野球チーム全員を日本に送ったことだと、彼は誇らしげに語った。これは、まさに次世代を見据えた日米関係への貢献の好例ではないだろうか。このような活動が地道に続けられることは、日米の相互理解に大いに役立つはずである。日本とアメリカの関係の波に揺れ動かされてきた日系アメリカ人は、いま、新たな意識をもって日本を眺め、日本との絆を考えているのだ。

最近の外務省や日本の政府機関が携わる日系人交流事業の意義は、このような流れを推し進める上で、きわめて意義深い。結果をすぐに求めるのではなく、長い目で見てよい方向に向かうことを目指す姿勢で、日米関係が友好的なときに自然体での交流を促進する支援によって、これらの日系人交流事業は、日本理解の種を蒔き、水を与える役割を果たしているのであるから。


飯野正子(いいの・まさこ)氏略歴
大阪府豊中市出身。1966年、津田塾大学学芸学部英文学科卒業後、フルブライト留学生として渡米。ニューヨーク州シラキュース大学大学院歴史学科修士課程を修了。1969年3月まで博士課程在籍。同年4月より津田塾大学に勤務。McGill大学客員助教授、Acadia大学客員教授、California大学Berkeley校客員研究員などを歴任。専門はアメリカ史、特にアメリカの移民の歴史。『もう一つの日米関係史』、『日系カナダ人の歴史』など著書多数。共訳を含めて翻訳書も多い。1997年、カナダ首相出版賞受賞。2001年、国際カナダ研究総督賞受賞。


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