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NPOフェローはいま
「市民による社会変革を担うNPOの真髄」

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「市民による社会変革を担うNPOの真髄」

(特活)アクション・シニア・タンク
代表理事 富田久恵
パイロット第1期(1998年度)NPOフェロー

私は今

地元、静岡県浜松市で、コミュニティ・シンクタンクのNPO法人「アクション・シニア・タンク」の代表理事として活動する傍ら、2005年10月末に、食を核としたコミュニティつくりの拠点を目指して「地域の茶の間てまえみそ」というコミュニティ・レストランを開店し、実践を通してのまちづくりの現場を運営しながら、どっぷりとNPO三昧の日々を楽しんでいる。

米国での経験と学び

1998年度第1期NPOパイロットフェローとして、1999年3月末から6月末までの3カ月間、米国ワシントンDCにて研修を受けさせて頂き、早や10年が過ぎようとしている。もうはるか遠い昔のことの様にも思えるが、一方でこの10年、様々な紆余曲折はあったものの、NPOにどっぷり浸かった日々の活動の中で、フェローとして米国で学んだことを振り返り、反芻しては「実践に役立てるヒントはないか」、「活かせる手法はないか」、と模索しては、いつも気持ちの拠り所、経験と学びの宝箱として意識の近い所にあったので、つい昨日のことの様にも思える。それ程、自分にとっては、ワシントンDCでの3カ月は貴重な時間と経験であり、今現在の活動の礎になっていることは間違いない。
私の研修先は、National Committee for Responsive Philanthropy (以下NCRP)というシンクタンクNPOで、研修テーマは「NPOを支える資金調達のしくみ」であった。NCRPでは「オルタナティヴ・ファンド」という、資金を必要としている団体自らが資金調達のための連立組織を立ち上げて、資金集めをする、という仕組みを広め、支援する活動をしている。一般的に日本でも市民活動を支援する「助成財団」といわれる団体はあったが、それらは全て「資金を出す側」から作られた組織であって、「資金を必要としている側」から作られた組織というのは、そんな仕組みは元より、考え方も無かったと思う。最初にその仕組みを理解するまでには多少の時間を要したが、一旦腑に落ちると、NPO先進国ならではの素晴らしい仕組みであることが納得でき、まさに自分にとっては「逆転の発想」「目から鱗」とも云える意外な新発見をした様な感動を覚えた。そして、その米国ですら、この仕組みが生まれ、機能するまでに育つのには大変な道筋があったことを知った時、まさに、NPOは「社会を変える活動」であることを実感した。ささやかな寄付であれ、ボランティア活動であれ、NPOで働く人々であれ、誰もが「社会を変える」活動に参加しているという意識を持っていることに驚きを覚えるとともに、社会的にもNPOの土壌が熟成していることを実感した。NCRPでの研修は席を貸して頂きながら、必要に応じて様々なアドバイスや情報を頂き、独自の研究テーマに沿って、いろいろなNPOを訪問し、ヒヤリングしたり、キーパーソンとお会いする機会を頂いたり、かなり自由に動くことを許されていた。お陰で実に多様なNPOを訪問し、たくさんの活動に関わる人々と会えたことで、理屈ではなく実感として米国のNPO社会の一面を知ることが出来たと思っている。
そして、NCRPでの3カ月間に、シンクタンクとしての調査研究事業、提言啓発事業、中間支援事業を通して、NPOが社会を変える活動を支援する大きな力になっていることを目の当たりにすることができた。私が学んだことは、社会の仕組みを変えてゆく活動(社会変革型NPO)には「シンクタンク機能」が不可欠であるということ、そこでNPO同士が横の繋がりを作り、連携することで、さらに大きな社会変革の力となることであった。

帰国後の活動(NPO法人アクション・シニア・タンクの誕生)

帰国後、ボランティアスタッフとして関わっていた中間支援NPOや、自らが立ち上げたボランティアグループの活動などを通して、報告会や様々な機会に学んだことを伝える努力をする一方で、早速NPO同士の横の連携を図るための企画も試みた。地元大学のゼミとの協働で「HP(ホームページ)プロジェクト」を立ち上げた。これは、まだホームページを創ることが誰にも簡単に出来なかった頃でもあり、自分達の活動を広く知ってもらうための情報発信ツールとして、ホームページの活用法を学んでもらうことを目的として、市民団体とIT支援ボランティアとしての大学生とのマッチングをして、一緒に団体ホームページを創ろうというものであった。その発表と仕上げイベントとして、30程の地域で活動する団体に呼びかけて、地元では初めての「NPOフェア」も実施した。こんな地道な活動でも、そのはるか先には、米国で見、聞き、体験してきた「目標とすべき姿」があったことが、自分を動かす大きな力となっていたことは確かであった。
その後、地域のNPOやボランティア団体などが連携して、何か一緒に出来ることはないか、と有志が集まって、ざっくばらんなおしゃべり会が始まった。議論を重ねてゆく内に、「アクション・シニア・タンク(以降ASTと略す)」という「コミュニティ・シンクタンク(任意団体)」を立ち上げることになった。米国の組織や活動とは比べものにならない程、小さくて未熟な活動の芽に過ぎなかったが、まさしく、NCRPで学んだ「アクション・リサーチ」をするための「シンクタンク」の誕生であり、研修での想いを持ち続けてゆけることが何より嬉しかった。ASTは、高齢者、障害を持つ方々、子育て中の親などのグループが連携して、課題を持つ当事者自らが主体となって、調査・研究・提言などをしてゆくことを目的としている。コミュニティ・シンクタンクとしての最大の「売り」である当事者の調査母体とネットワークを持つということを活かして、調査・研究事業の委託を受けたり、また活動を通してIT活用の支援や、自主事業のテーマとして、ユニバーサルデザインの普及啓発活動にも取り組んでいる。
設立当初は「NPOコンソーシアム」としてスタートしたが、2年目には発展的に解消し、独立したNPOとして再出発した。お陰様で順調に事業を継続することが出来たため、3年目の2002年に法人格を取得し、NPO法人としてまた新たなステージとなり、現在は6期目を迎えている。ASTの活動の柱としていることは「当事者主体」。このことこそ、米国でのNPO研修中に肌身で感じてきたNPOの真髄だったからだ。

コミュニティ・レストラン「地域の茶の間てまえみそ」の開店

ASTの活動をはじめ、様々なボランティア活動を通して、いつの間にか誰もが「居場所」にできる様なコミュニティの拠点つくりがしたいという想いが生まれていた。漠然とした遠い夢だったものを、5年の歳月を掛けて少しずつ形にしてゆくプロセスを楽しみながら、ついに2005年10月、コミュニティ・レストラン「地域の茶の間てまえみそ」をオープンすることができた。経営上はNPO法人とは別に、個人事業として立ち上げ、運営をしているが、NPOの起業モデルとしての実験事業の様な位置づけで、相互に連携しながら「コミュニティづくりの現場」として、あるいは「可能性と有効性の研究対象物件」として活用している。このコミュニティ・レストラン(以降コミレス)の立ち上げに際しては、NPO研修・情報センターの世古一穂氏の提唱するコミレス・ネットワークで研修を受け、協働コーディネーター養成講座に参加させて頂きながらご指導を仰ぎ、現在に至っている。思えば、世古氏とは第1期パイロットフェローの審査員として初めてお目に掛かったことがきっかけでもあった訳で、これもある意味ではNPOフェローシップのご縁が繋がっているものかもしれない。お陰様で「てまえみそ」も開店から2年が過ぎ、期待通りのことも、期待外れのことも、予想もしていなかった嬉しいことも、大変なことも、「現場と人」から本当にたくさんのことを学ぶことができた。「てまえみそ」の柱とするコンセプトは「こだわり・うんちく・てまえみそ」で「人もまちも自分も元気に!」である。まずは自分が楽しく、元気でいられる様に、そして、ひとりでも多くの人と繋がり、広がっていける様に、ぼちぼちと、でもいつまでも許される限り長くこの活動を続けられることを願っている。
(詳細は『コミュニティ・レストラン」世古一穂編著(日本評論社)100頁〜参照』

最後に感謝の気持ちを伝えたい。

26年勤めた企業を退職して、NPOを知り、興味を持ったのがきっかけで、NPOの世界に飛び込み、全くのゼロからの出発だった。未知の世界は面白くて、楽しくて、夢中で勉強し、動き回っている内に、自分の中では本当に「あっ!」という間の10年だった。その中でも、知識も経験も未熟だった自分にとっては、NPOフェローとして米国で学んだ3カ月の経験は、本当に貴重なものだった。その後の自分の活動のみならず、生き方の礎となり、支えとなって、現在の私があることはまぎれもない事実であり、心から感謝の気持ちで一杯である。いうなれば、私にとっては人生のターニング・ポイントだった。「パイロットフェロー」ということで、このプログラム自体が実験事業でもあったため、当然ながら、先行事例もなく、何やら良く解らないまま、不安も抱えての出発であったことも事実ではあるが、受け入れ先の素晴らしい指導者に恵まれたことが本当に幸せであり、自分にとってもプログラムとしても良い結果となることができたと思う。
最後に、この様な素晴らしい機会と経験を与えて頂いた本プログラムに対し、心から感謝の意を表したいと思う。今の活動の中で、たとえ小さな地域の中の小さな変化でも、社会を変える力のほんの一端でも担うことが出来れば、そして、少しでも本プログラムの趣旨にお応えすることが出来るのであれば、そんなに嬉しいことはない。


※本報告内容は、執筆者の見解によるもので、国際交流基金(ジャパンファウンデーション)の公式見解とは必ずしも一致するものではありません。

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