本文へ 日米センター(CGP)は日本とアメリカにて、助成、フェローシップ、ボランティア、人物交流、情報発信を行なっています。
国際交流基金 日米センター
CGP NY | 国際交流基金 | English | サイトマップ
トップページ
日米センターとは
公開イベント
団体で助成金をお探しの方へ
公募助成プログラム
以前の助成プログラム
申請に関するQ&A
採用後の手続きの流れ
助成事業紹介レポート
助成データベース
個人向け支援・ボランティアの機会をお探しの方へ
CGPの人物交流事業
情報室(刊行物、寄稿など)
アクセス
お問合せ
FAQ
更新履歴
日米センター公募助成プログラム
CULCON(カルコン) 日米文化教育交流会
メール配信サービス
コラムス
団体で助成金をお探しの方へ

 

日米センター 知的交流プロジェクトレポート Vol.4

知的交流プロジェクトレポート一覧

日米センターは2002年度〜2003年度に「生命倫理」をテーマにしてRFP("Request for Proposal")を実施しました。日米の異なる現状を把握し、それぞれの国が互いの国の状況やシステムから得られる教訓を持ち帰ることを目的として、4つの国際会議を開催しました。

その後も、生命倫理は重要な課題であり続けています。今回は、日本における生命倫理のこれまでの発展状況と現在の課題について、東京大学生命・医療倫理人材養成ユニット(Center for Biomedical Ethics and LawCBEL)の額賀淑郎氏(平成11年度安倍フェロー)にご寄稿いただきました。

日米センターは今後も日米両国が互いの国について学びあい、共通の課題に対する解を模索すべく、さまざまな事業を展開してまいります。

「日本における生命倫理の誕生」

東京大学 生命・医療倫理人材養成ユニット(Center for Biomedical Ethics and LawCBEL)
特任助手 額賀 淑郎
デボラ・プライス連邦下院議員(オハイオ州選出・共和党)のスタッフとの意見交換

CBELの設立

生命・医療倫理人材養成ユニット(Center for Biomedical Ethics and LawCBEL) は、生命倫理の総合研究機関として、2003年10月、東京大学内に設立された。生命倫理の教育、研究、政策に携わる人びとの拠点として、倫理委員会の委員、専門家、学生を対象に学際的教育を行なう。
また、海外の研究者と協力して生命医療倫理の研究プロジェクトも実施しており、生命倫理に携わる人びとのための公的な情報源としての役割も担う。哲学、法律学、社会学、心理学、看護学、医学といった様々な分野から講師陣を迎えている。パイロット講義などの準備期間を経た後、2004年9月に公開講座を開講した。生命倫理は日本の優先課題の一つとして発展してきたが、その累積結果の一つがCBELなのである。

日本の生命倫理 =ここ数年の様子=

生命倫理は、日本の学術研究、世論、政策に重要な変化をもたらしている。おそらく、日本の生命倫理に最も際立った変化が見られるようになったのは、21世紀になってからのことであろう。国会図書館が所蔵する生命倫理関連の記事や書籍の総数を見ると、2000年は1999年の2倍となっている。生命倫理に関心を寄せる研究者や一般人の数は増え続けており、そうした人々が参加する公開討論やシンポジウムも増加傾向にある。
さらに、生命倫理および生命倫理政策に関する政府の専門委員会の存在が、日本でも当たり前になってきた。2000年には、旧科学技術会議生命倫理委員会が「ヒトゲノム研究に関する基本原則」を発表した。この発表に続き、2001年から2003年にかけて、ヒトゲノム・遺伝子解析研究、ヒトES細胞、遺伝子治療臨床研究、疫学研究、臨床研究に関する倫理指針が策定された。こうした指針は、インフォームド・コンセントや倫理審査委員会の役割を強調する。近年の倫理指針の整備状況からも、生命倫理は生命科学と医療技術の進歩に必要不可欠であると、日本政府が見なしていることがわかる。
しかし、依然として生命倫理には発展の余地が残されている。注目すべきは、この分野の専門家が、極めて少ないということである。日本には、倫理委員会の委員を教育する機関がほとんどない。そこで、CBELはこうした問題に対処するために、文部科学省の支援を受けて設立されたのである。

日本のおける生命倫理 =発展を振り返る=

生命倫理への関心の高まりとは裏腹に、日本におけるこの分野の発展は比較的緩やかである。これに対して、米国では、既に1970年代には、生命倫理は研究者や一般にも広く認識されていた。この違いを理解する鍵は、日本における「生命倫理の誕生」にあると思われる。米国の高名な生命倫理学者、アルバート・ジョンセン教授は、米国における生命倫理の豊かな歴史的展開を説明し、2つの概念、すなわち、「学問としての生命倫理」と「討議としての生命倫理」を指摘している。
「学問としての生命倫理」とは、哲学的理論や方法論が体系化されたもので、自律尊重、善行、無危害、正義という四つの生命倫理の原則を提示している。この体系化の過程で、米国の生命倫理は、哲学者、法律学者、社会科学者が関与する学際的分野へと変容した。
「討議としての生命倫理」は、公の場など、さまざまな場面で多くの人びとが討議に参加することをさす。ジョンセンも「当初から生命倫理において人びとは話し合っていた(1988: 352)」と述べる。「討議としての生命倫理」は、討論と議論を拠り所としており、生命倫理教育、倫理委員会、地域での話し合い、社会運動、そして生命倫理政策に及んでいる。日本の生命倫理は、「学問としての生命倫理」と「討議としての生命倫理」が互いに影響し合う形で発展してきた。

「学問としての生命倫理」

日本における「学問としての生命倫理」は、欧米の研究書の翻訳に大きく依存している。例えば、生命倫理についての最初の翻訳は、ファン・レンセラー・ポッター教授の「バイオエシックス」(1971)を1974年に和訳したものであった。ポッター教授は医学研究者で、環境倫理の枠組みを用いて生命倫理の概念を提唱した。これにならい、日本における生命倫理の初期の概念は、環境倫理を扱うものであった。
しかし、1980年の初め、医療倫理としての生命倫理の概念が日本の研究者の間に徐々に広がり始め、ジョージタウン大学ケネディ倫理研究所やヘイスティングス・センターの生命倫理の研究が翻訳された。1980年代、日本の研究者は、生命倫理のための独自の学問分野を整備し始めた。例えば1988年、坂本百大教授は、生命倫理の理論と方法論の共同プロジェクトについて報告した。
ただし、このプロジェクトは、一貫性のある生命倫理理論につながったとはいえない。1986年からは、千葉大学の研究グループが生命倫理に関する体系的な翻訳プロジェクトを進めている。このプロジェクトは、1990年代には米国の「自律」概念を、2000年代にはヨーロッパの「生命の尊厳」概念を、海外の哲学的思想や理論として取り入れている。

「討議としての生命倫理」

「討議としての生命倫理」については、1970年代における遺伝子組み換え技術の利用に対する一般市民の不安や環境問題が、日本の生命科学や生命倫理に関する初期の議論の土壌となった。日本医師会の武見太郎会長(当時)は、1970年代後半、医療倫理についての公開討論の開催に尽力した。また、木村利人教授や岡村昭彦氏は、1980年代の初め、各地で患者の権利をめぐる運動の中で生命倫理の講演を行なった。
こうした動きは1980年代初めに起きたバイオエシックスに関する論議のきっかけとなったが、生命倫理が討議として盛り上がったのは、1980年代半ばに国内で、脳死に関する激しい論争が起こったときである。これによって「生命倫理」という概念が日本の一般市民にも広く知られるようになった。
このような生命倫理の議論の特徴は、唄孝一教授のような法学関係の識者が参加している点にある。唄氏は、脳死をめぐる医学界の討議に一石を投じ、脳死における社会的合意論を促した。実際、脳死問題をめぐって「生命と倫理に関する懇談会」が設置された後、「バイオエシックス」という用語は「生命倫理」という用語として用いられ、マスコミで広く使用されるようになった。

まとめと今後の展望

こうして、生命倫理における学問と討議の相互関係が、日本で浸透してきた。脳死の議論により、学問と討議が互いに影響し合う接点が生まれたことには疑いの余地がない。
1988年、生命倫理の学際的研究を推進するために、日本生命倫理学会が設立された。主な議論のひとつは、脳死と臓器移植に焦点をあてたものであった。この議論は10年以上も続き、1997年に臓器移植法が制定された後でさえ、脳死と臓器移植についての国民的合意は必ずしも得られているわけでない。1997年、クローン羊、ドリー誕生のニュースは世界中のメディアの注目を集めた。これを受けて、旧科学技術会議生命倫理委員会はクローン小委員会を設けた。さらに1998年にヒト胚研究小委員会、1999年にはヒトゲノム研究小委員会を立ち上げた。1980年代から90年代にかけて、生命倫理についての議論は「縦割り行政」の影響を受けていたが、2000年代になって、3省を含むいくつかの省庁が生命倫理に関する政策づくりに合意した。政府レベルで議論が行なわれるようになったため、2000年代には生命倫理研究、国民の議論、そして政策が繋がりを持つようになった。
このような政策を軸とした生物医学への介入は、日本の生命倫理の発展に大きな影響を与えている。生命倫理は、国民の関心を得て、今後も成長と発展を続けていくに違いない。

参考文献
Jonsen, A.R. (1988) The Birth of Bioethics. New York: Oxford University Press.
Potter, V. R. (1971) Bioethics: Bridge to the Future. Englewood Cliffs: Prentice-Hall.
Top

TOKYO OFFICE
国際交流基金(ジャパンファウンデーション) 日米センター
160-0004 東京都新宿区四谷4-16-3
Tel (03)5369-6072 Fax (03)5369-6042
NEWYORK OFFICE
The Japan Foundation Center for Global Partnership, N.Y.
1700 Broadway, 15F, New York, NY 10019, U.S.A
Tel (212)489-1255 Fax (212)489-1344