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特別寄稿
アメリカとわたし Vol.4 『Greatを目指すということ ─自動車をつうじて、Peopleとともに─』その2

特別寄稿
特別寄稿一覧
アメリカとわたし vol.4 Greatをめざすということ?自動車をつうじて、Peopleとともに?

その1、その2、その3

《70〜80年代に販売台数急成長》

1957年対米進出以来苦しい時代のつづいたトヨタだったが、1965年コロナの新型車で上昇のきっかけをつかんだ。66年にコロナより小型のカローラが日本で発表された。サンプル車を見たアメリカ人社員からは「小さすぎる。アメリカではたして売れるのか」という声も出た。しかし、日本の本社では「これは世界的な量販車にできる」と確信して思い切って工場を新設した。それが成功し、コロナに加えカローラはトヨタのアメリカでの躍進の大きな原動力になった。

カリフォルニア州の米国トヨタ本社の写真70年代には2度のオイルショックがあり、それまで大型車の人気は不動だと言われていたアメリカ市場で、小さな車に対する需要が一気に高まったのだった。この頃私は1976年から5年間正式の出向社員として、カリフォルニア州の米国トヨタ本社に赴任した。

80年代には輸出台数が増え、貿易摩擦の時代に突入した。81年に乗用車の対米輸出自主規制がスタート、乗用車は日本全体で168万台の輸出枠が決められた。そこで、乗用車が伸ばせないなら、規制枠外のピックアップトラックを量販できないかという話になり、増販に着手した。
必要にかられてとった苦肉の戦略だったが小型ピックアップ市場は大きくなり、ビッグスリー(ゼネラルモーターズ(GM)、フォード・モーター、クライスラー)も小型ピックアップトラックでその後大成功した。

現地生産のニーズが高まる中で、84年にはゼネラルモーターズ(GM)との合弁会社をサンフランシスコ近郊フリモント市に設立した。当初はGMの車のみ生産したが、86年ごろからカローラそしてピックアップトラックも加わり現在に至っている。
2004年日米和親条約150周年記念行事として北カリフォルニア日米協会が主催したシンポジウムには、GMワゴナー会長、トヨタ張社長が出席し、元駐日大使のアマコスト氏がモデレーターをつとめられた。そしてこの時にNUMMI(New United Motor Manufacturing, Inc.の20周年をサンフランシスコで盛大に祝った。
86年にはケンタッキーに生産会社を設立、本格的現地生産のスタートとなった。有難いことに現在のアメリカではトヨタといえば知らない人はいないまでになってきたが、北米生産が本格化したのは90年代からであり、まだ20年もたっていないのである。

アメリカ車は同じモデルでも私がカタログを見てあこがれた頃よりずっと小型化し、燃費もよくなっている。環境の変化と競争がそう変えたのだろう。自動車を通じて、それぞれの時代の人々の考え方や価値観が伝わってくる。

《商品の質へのこだわり、そしてアメリカの“People”に支えられて》

トヨタは創業以来、「QDRQuality(質), Durability(耐久性), Reliability(信頼性)を重視している。アメリカには消費者による各種商品の評価をまとめたConsumer Reportという雑誌がある。自動車も評価対象となっており、業界ではランキングの上下を気にしているのだが、トヨタは長年にわたり高得点を得つづけている。

何百万台販売しても、購入したお客様にとっては「その1台がすべて」である。だからこそお客様は厳しい。そのお客様に満足していただくためには、売る側・作る側もがんばらなくてはいけない。そのような顧客満足への徹底したこだわりが、よりよい商品を常に開発する原動力になったと言えるが、それに加えて、米国での販売が急拡大したことの、大きな要因として、すばらしい“People”に恵まれたことをぜひここであげておきたい。

例えば、米国南東部5州のディストリビューター、サウス・イースト・トヨタのオーナーのジェームス・モラン名誉会長。彼は「販売の神様」と呼ばれ、さまざまなマーケティングのアイディアを発案し実行した。80年代に米国トヨタの副社長だったボブ・マッカリー氏は、クライスラー社の副社長を経験した人物で、「キャプテン・クランチ」と呼ばれ、くるみを握りつぶすようなイメージのある力強い人であった。口数は少ないが強烈なリーダーシップを発揮し、社員だけでなく全米の販売店からも信頼が篤く、さまざまな問題を乗り切ってトヨタを発展させてくれた。東郷行泰社長との名コンビぶりは業界では良く知られていた。

彼らのようなやる気と実力を兼ね備えたすばらしい人材がトヨタの陣営にいて、優秀な販売店オーナー達と相互信頼関係を築いたことが、さらに勢いよく市場に認められていった大きな要因であったと思う。


その1、その2、その3

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