平成11年度 国際交流基金賞/奨励賞 授賞式 フランク・B・ギブニー氏 挨拶

国際交流基金賞

ポモナ大学環太平洋研究所 所長 フランク・B・ギブニー


藤井理事長よりギブニー氏へ賞状を授与する写真

 陽気な多民族社会のカリフォルニアから、多くの問題を抱え、緊張し、見事なまでにユニカルチャーの世界である日本に戻ってくるのが、いつも私には楽しみです。


 まして、本日、このような形でお招きに預かり、国際交流基金から文化賞をいただけることは、身に余る光栄です。


 世界はテクノロジーの発達で、インスタント・コミュニケーションと大衆文明の時代に入っていますが、その中で昔ながらの文化という言葉の重要性が忘れられがちです。こんな時代に、国際交流基金が文化の価値を守り、普及するという優れた仕事を続けておられることに敬意を表します。


 私は自分の人生の大半をかけて日本文化を学んできました。思えば半世紀以上にもなります。私の日本との出会いは、皮肉にも戦争を通じてでした。ちょうど54年前になりますが、その日私の乗船していた軍艦が佐世保に錨を下ろし、私は軍服姿で、緊張してこの国にやってきました。その8年後、私は処女作"日本の5人の紳士"を刊行しましたが、この本はアメリカ人同胞のために、日本の文化と歴史の複雑な全体像を説明するために書かれたものです。その後、何冊かの本を出し数え切れないほどの記事を書き、百科事典も刊行しました。いまでも、執筆活動をし説明し続けていますが、残念ながら、アメリカ人の多くは、大陸の民ですから、まだ日本のことをわかってもらえません。


 時々、私はどうしょうもないほど混乱してしまうことがあります。この国には世界的レベルの学問と技術がある、そしてこの国には国際的コミットメントへの熱意もある、しかしその一方では、世界の人々が時に恐れ、時に怒る内向きの国民心理がある。その間の断絶をどう考えればいいのか、私は過去半世紀の間このことを理解すべく試みてきました。


 多くのいわゆるジャパンノロジストのように、私も日本がその伝統的な島国心理と、グローバルなコミットメントの間の矛盾を克服しなくてはならない局面に直面するだろうと考えていました。しかし、明らかな矛盾も棚上げにされたまま、西欧人がいうロジックに全面的に頼ることもなく物事が解決されていきます。福沢諭吉はかつて"数と理"の大切さを説きましたが、その成果は優れた科学者、技術者、エコノミストの輩出で証明されています。しかし一方では、日本における儒数とその忠実な弟子である徳川家康の精神はいまでも生き続けていると思います。


会場風景(中央:ギブニー氏)の写真1

 ジャーナリストとして私は一貫した視点でモノをみるように訓練されています。また歴史家としては、先輩であり友人であったサンソム、ノーマン、ホール、ライシャワーなどの先駆者の学問的業績を手本に日本の歴史と文化を研究してきました。


 また、私の文化交流研究は日本における西欧研究の先駆者である福沢諭吉、中江兆民、西周などの偉大な啓蒙主義者たち、また友人である永井道雄、松本重治、司馬遼太郎や同僚の歴史家、ジャーナリストに大いに薫陶を受けたものです。


 私はこの啓蒙主義という言葉を、日本史の出来事を思い浮かべなから使っています。啓蒙主義思想は一般的には、18世紀フランスの哲学者が生み出した思想であるとされていますが、現代の学者の間では、それは英国のニュートン、ロックに始まり、カント哲学で頂点に達し、アメリカ建国の父たちの思想と政治によって最も実際的な形で具現化されたと考えられています。そして、その思想は世界的に影響を与えました。爆発的なエネルギーで世界中に連鎖反応を起こし続け、それが最もドラマチックに最も成功したのは、他でもない明治維新の文化革命においてでした。私たちはみんな、ある意味で啓蒙主義のこどもです。いろいろな欠陥がありながらも、啓蒙主義の理想は、進歩とより良い世界を造るわれわれの能力への信念を鼓舞してきました。


 過去半世紀以上の間、日本が世界の先頭に立って物質的繁栄を築いてきたのを、私は見てきました。この間、日本人が成し遂げてきた変革は想像を絶するほどのものです。終戦直後に私が目撃したのは、焦土となった都市と破壊され尽くした工場でした。まるで月面のように荒れ果てた光景でした。それが新幹線、ショッピング・モール、高級車、ハイビジョンTVそしてインターネットの世界にとって変わりました。これは凄いことですし、素晴らしいことです。しかし、同時にこのグローバル文明の世界は、肥大した欲望、政治的腐敗、スキャンダル天国、無意味なエロティシズム、不毛のコミック、疎外された老人、管理された子供の世界でもあります。我々はこの啓蒙主義がもたらした物質面での明るい進歩と、その陰にある暗い、精神面での荒廃のギャップをどのようにすればよいのでしょう。


会場風景(中央:ギブニー氏)の写真2 ここで我々が考えなくてはならないのは、あまりに乱用されてはいますが、文化という言葉の重さだと思います。世界広しと言えど、ここ日本の文化ほど魅力的なものはありません。この国の文化の重力はまさに世界一です。入るのは易しいが、逃れることは難しい。私は生涯を通じてこの文化の虜でした。輝ける文字、忘れがたい映画、想像力を刺激する芸術、優雅な伝統の虜でした。日本文化の中で暮らし、そのルーツを探り、その核にある人生観を知ることは大いなる心の安らぎです。変化し続ける現実の中で安定感を与えるジャイロスコープの効果があります。歴史と伝統を維持できなければ、どの国の進歩も空虚な歩みとなります。

 国際交流基金は、日本の豊かな文化を世界中の人々とともに共有する仕事をし、業績を上げられてきましたが、これは国内でのこれらの価値を高めることでもあります。皆さんは日本の最高の伝統を海外諸国、とくに私の国アメリカに広めただけでなく、海外からの訪問者を歓迎することで、彼らの伝統をも受け入れてきました。これは単なる交流を超えています。お互いの伝統と理想をこのように分かち合うことで、カントが言う"人類が自ら課した未熟さから抜け出る"という啓蒙主義の理想に近づくことができるのかもしれません。皆さん本当にありがとうございました。国際交流基金のますますのご発展をお祈りします。


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