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眞鍋 隼介さん

アジアの舞台芸術を結ぶネットワークの中心的存在に

横浜で毎年2月、国内外の舞台芸術関係者が集う「国際舞台芸術ミーティング in 横浜」が開催される。国際舞台芸術交流センター(PARC)や国際交流基金アジアセンターなどが共催する通称TPAM(ティーパム)。国際的に知られる舞台芸術のプラットフォーム(協働するための基盤)だ。事務局スタッフの一員であるPARCの眞鍋隼介さんは、TPAMが担う役割をどう捉え、どんな思いで舞台芸術シーンに携わっているのだろう。

日本のカンパニーが海外公演のチャンスをつかむためのきっかけを作る

フェスティバルのディレクターに劇場のプロデューサー、作品と観客をつなぐプレゼンター、アーティストやカンパニー(劇団)――舞台芸術のあらゆるプロフェッショナルが、作品やアーティストの発掘、観客の開拓、情報交換などを目的に一堂に会すネットワーキングの場、それがTPAMだ。スタートは1995年。「芸術見本市」の名称(後に東京芸術見本市に改称)で東京にて回を重ねた後、2011年に会場を横浜に移し現在に至っている。

かつては作品の流通促進を主眼としていたTPAMだが、今は違う。人と人とが密に交流できる、情報が活発に行き来する、舞台芸術のプラットフォームとして機能させるべく、公演プログラムと共にディスカッションやミーティングなどの交流プログラムを充実させている。さらに2015年からはアジアに焦点を当て、日本を含むアジア諸国の同時代作品をより多く上演。アジアの舞台芸術ネットワークの構築にも重点を置く。

こうした意図を反映させたプログラムは、3つの柱で構成されている。複数のディレクターが選定したアジアを中心とする世界の作品で組まれる公演プログラム「TPAMディレクション」、情報交換とネットワーキングのための交流プログラム「TPAMエクスチェンジ」、そしてジャンル不問かつ無審査の公募プログラム「TPAMフリンジ」だ。

TPAM2017の様子の写真TPAMには舞台芸術のあらゆるプロフェッショナルが世界中から集う(TPAM2017より)。
Photo by Hideto Maezawa

では、裏方として縁の下でTPAMを支える事務局スタッフの眞鍋さんは、どのような仕事を受け持っているのか。

「僕はTPAMフリンジを担当しています。TPAMの会期中に横浜・東京エリアでの公演を希望するアーティストやカンパニーを募集し、TPAMに参加する舞台芸術のプロフェッショナルとつながる機会を提供するプログラムがフリンジです。

応募は全国からあって、たとえば地方のカンパニーは横浜と東京にどんな劇場やオルタナティブスペース(多目的空間)が存在するかわからないので、事務局が彼らの作品に適した会場を紹介します。TPAMに参加する国内外のプレゼンターに、フリンジに登録したカンパニーの紹介や公演情報を発信するのも僕たちの役目です。カンパニーにとっては、海外のプレゼンターに自分たちの舞台を見てもらい、海外公演のチャンスにつなげる機会になります。舞台芸術のプロたちは、フリンジの公演で新しい才能や作品を発見できるかもしれない。TPAMはそのきっかけを作っているんです」

TPAMディレクションで公演を行ったカンパニーが海外に招聘されて作品を上演するケースは、ここ数年増えている。TPAMでの出会いをきっかけに、舞台芸術の国際共同制作も始まっている。TPAMフリンジに登録するカンパニーにも、そのチャンスはあるのだ。

「現に、2016年に登録して公演を行った『濱中企画』という小さなカンパニーが、オーストラリアの『Asia TOPA(アジア太平洋舞台芸術トリエンナーレ)』(2017年1月~4月開催)に招聘されました。単に海外で作品を発表する機会というだけじゃなく、海外のディレクターや観客の反応を知るといった経験はカンパニーの成長にもつながると思います」

コミュニティの中でアートが重要な役割を果たすことをアメリカで実感

このように、国内外のプロフェッショナルがTPAMの公演プログラムやミーティングを通じて出会い、知り合い、国境を越えた交流がどんどん盛んになれば、舞台芸術の可能性も自ずと広がっていくに違いない。その過程に関わる者として、眞鍋さんもやり甲斐を感じているのではないか、と思ったのだが……。

「意義のあることに携わっているとは感じています。ただ、僕がスタッフとしてTPAMに関わるようになったのは2016年からで、この国際的な催しに自分の強みをどう生かすことができるか、正直、まだ模索している段階なんです」

聞けば、眞鍋さんは2015年のTPAMにボランティアスタッフとして参加。その年の4月にPARCの職員になった。それ以前はアメリカで生活していたという。  渡米したのは日本の大学を卒業後の2009年。目的は2つあった。1つは英語を身につけること。そしてもう1つが、アートマネジメントを学ぶためだ。

「大学時代にアートの島として知られる瀬戸内の直島で現代アートの理解できない面白さに強く惹かれ、アーティストをサポートする仕事がしたいと思ったんです。日本にアートマネジメントを学べる大学があまりなく、英語をあらためて勉強しようという気持ちもあったので、思い切ってアメリカに行こうと決め、オクラホマ州のタルサにある大学で2年間アートマネジメントを学びました」

大学を卒業後もそのままタルサに留まり、仕事に就く。Living Arts of Tulsa(リビング アーツ オブ タルサ)という非営利組織のアートセンターで約3年半、アシスタントディレクターとして働いた。

アメリカ在住時に眞鍋さんが勤めていたリビング アーツが持つギャラリーの写真アメリカ在住時に眞鍋さんが勤めていたリビング アーツが持つギャラリー。

「リビング アーツは現代アートの開拓と発表を目的とした組織です。用途の広いギャラリースペースを持っていて、作品を展示する以外にも、週末にパフォーマンスや音楽のイベント、コミュニティ向けのフェスティバルなどを開いていました。

オクラホマは文化の面で成長過程にある地域で、僕が働いていた頃は調度、タルサに新しく球場ができたりギャラリーがオープンしたりして、街が活気を帯び始めた時期だったんです。そんな中で、リビング アーツのギャラリーで行うイベントやフェスティバルは、コミュニティにインパクトを与えていたしました。

たとえば、自分たちが『この人にぜひ!』と思うアーティストを招き、タルサの歴史をテーマにした作品を市民と一緒に制作してもらうワークショップを試みたことがあったんです。大勢の人が参加してくれました。アートには、アーティストと地域の人々をつなぐ力がある。実際にコミュニティの中でそういう役割を果たしていました。だからディレクターをはじめスタッフみんなが、自分たちのしていることに誇りを持っていたんです」

リビング アーツのスタッフとして、コミュニティ向けのイベントなどに携わってている様子の写真リビング アーツのスタッフとして、コミュニティ向けのイベントなどに携わっていた。

リビング アーツでの仕事に大きなやり甲斐を感じていただろうことが、言葉の端々から伝わってくる。コミュニティを対象にした活動から学んだこと、気づかされたことも、きっと少なからずあったはずだ。

「人と一緒に何かを進めていく場合、1対1の関係をきちんと築いていかなければ協働はできません。一人ひとりとの関係性を大切にすることで、理解も深まっていく。そう信じてやっていくことが大事なんだと何度も気づかされて過ごした3年半でしたね」

多様なジャンルの舞台芸術を楽しむプログラムとしても知名度を上げたい

さて、アメリカでのその経験を、眞鍋さんはTPAMでどう生かしていくのだろう。

TPAMは海外の舞台芸術見本市などで催事の紹介をするためにブースを出展しているんですが、僕が2016年に韓国のPAMS(パムス)とカナダのCINARS(シナール)に派遣された際は、日本での公演を希望している相手には自分の考えも伝えるようにしていました。単にTPAMの説明をするのではなく、提案もする。日本で公演したいという気持ちがあるなら個人として一度TPAMに来てみて、自分たちの芝居を横浜で打つ意味があるかどうか確かめてからTPAMフリンジに参加するのでもいい、といったような。長期的に考えると作戦も立てやすいし、何か協力できることがあればするとも伝えました。TPAM、やっぱり大切にしたいですから」

2016年に韓国の舞台芸術見本市、PAMSに派遣され、TPAMの広報活動を行った様子の写真2016年に韓国の舞台芸術見本市、PAMSに派遣され、TPAMの広報活動を行った。

TPAMのスタッフになって2年目。自分の強みをTPAMにどう生かしていくか今はまだ模索中だというが、最後にあえて、これから取り組んでみたいことは何か聞いてみた。

TPAMは基本的にプロ向けのプラットフォームです。でも、TPAMフリンジの公演は全て一般の人も対象にしているし、TPAMディレクションとTPAMエクスチェンジの中にも一般の人に公開されているプログラムがあります。フリンジには名の知れたカンパニーから新鋭のアーティストまで参加するので、担当している僕としては、幅広いジャンルの舞台芸術を楽しむプログラムとしての知名度も上げていきたいと考えているんです。

2017年のフリンジは海外からの参加も増えました。TPAMはアジアに焦点を当てているので、海外のカンパニーはまず日本に来てTPAMフリンジに参加し、ここを足がかりにアジアの他の国で公演するチャンスをつかんでほしい。TPAMがアジアの舞台芸術ネットワークの中心的な存在になっていけばいいなと思っています」

TPAMをさらに発展させていきたい――眞鍋さんから、そんな意欲を感じさせる言葉が返ってきた。

眞鍋隼介さんの写真
Profile
眞鍋隼介(まなべ しゅんすけ)/1987年、愛媛県生まれ。日本の大学にて社会学を専攻し、卒業後に渡米。オクラホマ州の大学でアートマネジメントを学んだ後、非営利組織のアートセンターであるLiving Arts of Tulsaでアシスタントディレクターとして働く。2014年に帰国し、2015年よりPARCに勤務。

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