北京日本学研究センター設立20周年記念国際シンポジウム特派員レポート2 -栗山 利宏- 日本語学・日本語教育学分科会I~V

「日本語学・日本語教育学分科会I~V」

シンポジウムの写真1

2日目(10月15日)は、分科会が開催された。分科会はテーマごとに次の3つに分かれていた。

  • 日本語学・日本語教育学
  • 日本文化・文学
  • 日本社会・経済

私は、日本語学・日本語教育学分科会に参加した。

会場は北京日本学研究センター多目的ホール(北京外国語大学内に併設)で行われた。私が到着した時には、土曜日でしかも午前8時30分開始にもかかわらず、200名収容のホールは満員の状態であった。(参考までに中国では大学の講義は8時開始なのだそうだ。)すでに用意された座席は埋まっていた。私は、係員があらたに用意した椅子に座ることができた。開会のころには、立ち見の人垣もでき会場内は熱気で包まれた。中国での日本語教育の高まりを再認識した。分科会はまず、池上嘉彦氏(京都橘女子大学)が「認知言語学と日本語教育」と題して特別講演をされた。その後、8会場に分かれ56人が研究発表を行った。いずれも、発表者は日本や中国において、大学等で教えている方ばかりである。どの会場も、テーマに沿ったレベルの高い発表であった。私の脳裏には真剣に聞き入る参加者の眼差しが強く印象づけられた。時にはユーモアもあり、会場内はどっと笑いに包まれる場面も少なくなかった。日本語の機微を織り交ぜたユーモアに、瞬時に反応できる中国人に敬意を感じた。

残念ながらすべての研究発表をレポートすることはできないので、
私が特に印象に残った研究発表を紹介する。徐一平氏(北京日本学研究センター主任教授)が、中国語と日本語の比較において興味あることを発表されていた。氏によると、「形容詞は、人の気持ちを表現するものである。中国語は感情を表現しにくい言語であるのに対して、日本語は非常に感情を表現しやすい言語である。例えば病院で注射を打たれたとき、日本語では“痛い!”と誰に言うわけでもなく独り言のように言葉を発すことができる。中国語ではそのような表現はできない。中国語で“疼!”と言うときは、相手に訴えるときのみである。感情表現においても中国語と日本語には、言語構造と性質により違いがみられる。」私のように“痛がり”、“暑がり”の人間は、中国語では相手に文句ばかり言うことになってしまうのだろうか?

分科会は、多種多様なテーマ設定と発表者のレベルの高さにより
参加者にとり、とても有意義なものとなった。

私は、今回のサポーターズクラブボランティア派遣の参加により、国際交流基金が中国で果たしている役割の大きさを目の当たりにすることができた。中国では、日本語教育が盛んに行われ、日本語学習者が多いことは知識としては理解していた。実際今回の訪中で、式典参加の中国人が持つ日本語能力の高さにじかに接することができた。このことを体験できたことは、中国との国際交流を進めたいとする私には、意義深いことであった。滞在中、多くの中国人から北京日本学研究センターの支援に感謝しているとの声も聞いた。旧知の中国人(彼は北京の大学で日本語を教えている。)は、「来年度から、うちの大学院では、修士課程に加えて博士課程を開設します。日本語学習者が増えているんです。」と、私に嬉しそうに語ってくれた。もちろん、「今まで以上に支援をお願いします。」と付け加えるのも忘れなかった。


シンポジウムの写真2

また、今回の訪中では、多くの国際交流基金職員の方々にお世話をしていただいた。職務といってしまえばそれだけかもしれない。しかし、早朝から夜遅くまで続くスケジュールの中で、職員の方は笑顔と気配りを決して忘れることはなかった。こうした裏方の努力により国際交流基金の役割が世界中で大きく果たされているのだなと感じずにはいられなかった。

最後に、今回のサポーターズクラブボランティア派遣の機会を与えていただいた関係者の皆様に感謝の意を表し、レポート報告を終わりとさせていただきます。謝謝!



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