北京日本学研究センター設立20周年記念国際シンポジウム特派員レポート2 -栗山 利宏-

「日本語学・日本語教育学分科会I~V」

シンポジウムの写真

今年は、北京外国語大学の中に日本学研究センターが設立されて20年、前身の日本語研修センター(通称大平学校)設立から数えて25年にあたる。10月14日・15日の両日、これを記念するシンポジウムが開催された。同センター主任の徐一平教授が、「北京が一番美しく映える秋」と開会の挨拶で述べていたように、雲一つない快晴に包まれた北京であった。真っ青に広がった空は、いつも以上のコバルトブルーで、この記念すべき日を祝してくれていたのかもしれない。

シンポジウム全体を貫くテーマは「『日本的』の現在」である。現在、日本で生起し、進行している様々な現象が、これまで「日本的」と信じられてきた既成概念から大きく離れ、新たな価値観を生み出しているという。日本で生活していると無自覚かもしれないが、「失われた十年」として否定的な側面ばかりが強調される90年代以降の日本社会の姿を興味深く覗き込もうとする姿はとても新鮮であるとともに、反日デモを経験し、日本に対する敵対的な風潮が広がっているといわれる中国で、日本に対して飽くなき関心を抱き、それを探求しようとする姿勢は、一人の日本人としてとても嬉しく、大いに感銘を受けた。

シンポジウムは、「中日文化比較の一考察-『中国的』『日本的』の過去と現在」と題された基調講演で幕を開けた。日中友好21世紀委員会の中国側委員を務めるなど、長年にわたり日中関係の発展に尽力されている劉徳有氏(中国対外文化交流協会副主席)の講演は、長年の日本に対する洞察の中で培われた審美眼を参加者に伝えた。

情報技術の急速な発展とグローバリゼーションの波の中で、日本は「コンテンツ文化」という新たな文化価値を創造し、中国のみならず世界中に日本に対する新たなイメージを植え付けた。概して「クール・ジャパン」と評されているものだ。劉氏は、中国はこうした日本の進取の気性を見習うべきだと述べ、互いの文化の中に共通点と相違点を踏まえ、両国は互いに学び会える優れた資源を有していると主張した。

政冷経熱と日中双方の首脳が指摘し、政冷の方ばかりが強調される日中関係だが、こういう時だからこそ、日中両国の人々が胸襟を開いた「心と心の交流」の重要性を訴えた。北京の街中で見かけた20代前半の世代と渋谷を歩いている若者の恰好はほとんど同じばかりか、奇抜なファッションセンスを身につけた人をも目にした。文化的な価値観に大きな違いはなく、両国の相違ばかりが感情的に互いの目に映るのは、一衣帯水の関係にあるといわれながら、互いを見つめ合える相互交流の機会が少ないからであろう。そして、感情的な言説が、インターネットやメディアの中で氾濫しているせいもある。
 
「中日間は本当にお互いを知り合うところまでは到達していない」と劉氏は述べ、「科学的方法」で日本を研究することが必要だと指摘している。感情的態度を捨て、客観的に日本を分析する。それが相互理解の道だと強調する。それはまた、私達日本人にとってみれば、冷静に中国を知ることに他ならない。書店に行けば、中国に関する本は本当に多いが、ほとんどがセンセーショナルなタイトルを飾り、カタストロフィを暗示させる。

しかし、今回のシンポジウムのテーマが示しているように、中国は日本の新しい変化を冷静、客観的に研究しようとしている。北京の若者のファッションセンスが物語るように、中国でも新しい文化現象や価値観が現れているだろうことは想像に難くない。上海万博、北京五輪を間近に控えていることを考えれば尚更である。そうした中国社会の変化を日本側も客観的に分析し、多くの日本人が共有した時、現在の若い世代がやがて牽引する日中関係は新たな段階を迎えることになるだろう。私達若い世代への期待と責任を生き生きと教えてくれた。

外国人がその価値を見出したクール・ジャパンの核心は、ITを活用した映像効果技術にあるばかりではなく、その作品に内包された付加価値(メッセージ)にあるのだと思う。卓越した画面描写と深いメッセージ性を兼ね備えたコンテンツといえば、誰もがジブリアニメを挙げるだろう。「千と千尋の神隠し」がベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞したように、ジブリアニメは国際的に高く評価されている。そんなジブリアニメの魅力を日米中の専門家がそれぞれの視角から、浮かび上がらせた。

日本文化の一端を外国の研究者が極めて流暢な日本語で分析、紹介し、目を丸くさせられたのが最初の印象であった。私達が日本文化と認識するものも、北京でのプレゼンテーションを目にすると、既に国際文化に昇華していることに気付く。グローバリゼーションの時代、優れた文化は国際的な公共財として世界中の人々の心の中に届けられることを実感する。ジブリアニメの各作品が抱いているメッセージの有意性は、世界に普く共通する。現在の混沌とした国際政治環境のみならず、人間と自然の関係への強烈なメッセージは急速な開発が進む中国にとっては、ヴィヴィッドな警鐘となっただろう。


シンポジウム参加者の写真

パネリストはそれぞれの視角からジブリアニメの意味づけを行ったが、底流で共通していたのは、人間社会の終末の予告と自然への畏怖をジブリアニメは生き生きと描写している、ということであった。

秦剛氏はジブリアニメを反戦映画と位置付け、スーザン・ネイピア氏は新たな世界的価値の創造を悲観的ではない豊かなビジョンで描き出していることを高く評価した。王衆一氏は、ポスト資本主義の価値をジブリアニメは包み込み、家庭や地域等の共同体の解体が進んでいることへの懸念を伝えようとしていると分析した。ジブリアニメが国境を越えて人々に評価されるのは、人間が忘れかけていた普遍的な思想、哲学を新鮮な形で翻訳し、それを生き生きと伝えているからであろう。中国は経済成長に沸いているが、日本がそうであったように、乱開発の代償は必ず訪れることを悟ったのかもしれない。米村みゆき氏は、宮沢賢治の様々な作品との連続性を強調したが、どんな作品も単体では存在せず、姿や形を変えて受け継がれていき、その時代の問題意識を織り込んでいく姿は、日本同様に豊かな名作を持つ中国文学、そして中国のコンテンツ文化に期待と勇気をもたらしたに違いない。



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