北京日本学研究センター設立20周年記念国際シンポジウム特派員レポート2 -栗山 利宏- 日本社会・経済分科会I~III

「日本社会・経済分科会I~III」

北京市内の写真1

北京では街中至る所で高層ビルの建設現場を目にする。止め処のない経済成長を続けているかに見える中国であるが、その内実は対前年比9%という数字だけでは中国経済の実態をつかめないほど複雑なようだ。

北京や上海では地価が高騰し、ホットマネーが流れ込み、さながらバブルの様相を呈している。バブルの恐ろしさは、やがて崩壊し、その影響が甚大であることだ。歴史上稀に見る経済成長を遂げた日本であったが、やがてバブル経済は崩壊し、90年代の日本経済は漂流を続けた。この轍を踏むまいと、日本を反面教師に、日本経済の研究をしているように感じた。


分科会は「格差問題の現在」をテーマとするワークショップで幕を開けた。矢野順治氏(広島大学教授)は基調講演の中で、経済成長の初期段階では、不平等が広がるが、発展段階では不平等も改善していくと、格差問題は確かに深刻であるが、やがて解決していくとの見通しを示した。しかし、資本ストックが増加しない中で人口増が続けば、問題解決を困難にすると述べ、人口増問題への可及的速やかな対応を求めた。



北京市内の写真2

格差問題は、都市と農村、沿海部と内陸部の対立に加えて、富裕層と貧困層という新たな対立軸が生まれているという。格差問題の解決を目指して、「効率」と「公平」のどちらの政策目標に近付けるべきか、新自由主義者と新左派の間に論争があるようだ。

1978年から1990年代後半にかけての改革開放期は、総じてすべての人々が改革開放の果実を得ることができるものであったが、その後は冨が一部の人に集中しているという。貧困層の家に生まれた者は、ずっとその層から出ることができない一方で、富裕層は奢侈な生活に明け暮れ、格差の固定化が進んでいるのが現状だという。そして、さらに深刻なことは、この富裕層の多くを高級官僚共産党幹部が占め、賄賂などの非合法的な手段で獲得したマネーであることだそうだ。

中国で起こっている格差問題は、想像以上に深刻であった。社会格差が固定化することは、社会の安定を阻害する要因となる。また、市場化改革もクローニーキャピタリズムへと陥る懸念もある。国有企業と国有銀行の改革は、計画経済下ではびこった病巣を取り除くばかりでなく、社会をドラスティックに変える大きな一里塚になるだろう。日本でも小さな政府を目標にした政策形成が進んでいるが、中国も効率に軸足を置いた資本主義社会への道を歩み出しているかに見えた。

中国国内の格差問題ばかりでなく、日本国内でも進行する格差問題にも関心が向けられた。ワークショップに引き続く経済分科会では、日本の社会保障制度の行方がテーマとなった。若年層の年金未納や少子高齢化は、中国にとっても、決して他人事では済まされない深刻な問題である。雇用環境が流動化すればするほど、保険料徴収のための追跡調査が難しくなるなど、日中両国とも懸案を共有しているようであった。一点、日中双方の参加者の間で意見が割れたのは、少子化をいかに是正するかという点であった。中国側参加者は、日本の男性が育児や家事に非協力的であることを批判し、私はその防戦に努めたが、中国の男性は積極的に家事に協力するというが、その姿は見習うべきであると感じた。


分科会は終始活発な議論が繰り広げられ幕を閉じた。日本社会の様子を微細にわたり研究していたことに頭の下がる思いであった。当初は日本語教師の育成を目指して設立された大平学校も、今では総合的、学際的な日本研究の場に姿を変えた。卒業生は研究者として、あるいは企業の日本担当部門をリードするなどして活躍している。同窓会の場で多くの人が旧交を温めていたが、2003年に完成した研究センターのビルができる前は、古い校舎の片隅で講義が行われていたという。日中合作の偉大なプロジェクトであるが、様々な苦労もあったはずだ。同窓会総会で徐一平教授の流した一筋の涙からその片鱗を感じた。

中国には井戸を掘った人のことを決して忘れてはならないという詞がある。日本語研修センターが大平学校と親しまれ、卒業生が日本から駆け付けた恩師に再会し涙する光景は、本当に胸に迫るものがあった。2日間の一連の行事を通して、中国の日本研究が日本の大学で行われている日本研究以上ではないかと思うことがしばしばあった。日本はどうだろうか。今や中国に対する親しみを感じる人は少なく、感情的な反発が目にすることも多い。もちろんそれは反日デモに沸く中国も同じかもしれない。しかし、どんな局面になったとしても、井戸を掘った人、そして日本のことを一生懸命勉強した人が冷や飯を食うような事態だけは絶対に作ってはならないと感じた。

今、中国の大学は文化祭の季節だ。日本人留学生が日本文化を紹介するブースを設け、どこも盛況だという。国際交流基金北京事務所は、日本人留学生のネットワーク作りを進め、留学生が日本文化を紹介する企画をサポートしている。北は内モンゴルから南は杭州まで、草の根レベルでの国際交流が行われている。今回、その留学生とも北京で夕食を共にし、様々な話をすることができた。両国の間に懸案が横たわっている中、こうした試みはやがて大きな花を開くに違いない。


食事会の写真

一衣帯水にあり、歴史と文化の深い淵源を持ちながら、現実は難しい問題が立ちふさがっている。今回、セカンドトラックの日中合作ドラマの制作現場を視察したが、流暢な日本語を操り、日本人以上に日本の様々な事情に詳しい人々に出会い、大きな感動を胸に、北京首都空港へと向かった。彼らは異口同音に日本が好きだという。中国同様、日本も社会の転換期を迎えている。しかし、どんな社会を作るにせよ、彼らの純真な日本に対する気持ちを奪う社会にだけはしてはならないと感じた。そして、私達も冷静に中国社会の有様を真剣に勉強しなければならない。そうした時、日本と中国の関係は、一段と進むに違いない。



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