JFサポーターズクラブ 4月のイベント報告 国際文化交流最前線の舞台裏 海外事務所の一日 韓国編

ジャパンファウンデーションの紹介DVD韓国版

参加者の写真
配布された資料を見ながら
3人の職員の話に耳を傾ける参加者

イベントの冒頭では、今までに韓国で実施されたジャパンファウンデーションの事業、韓国の人々を日本に招いて行った事業などを紹介するDVDを視聴しました。これはナレーションを日本語・韓国語で選択できるようになっており、ジャパンファウンデーションの活動を、日韓両国の人々に知ってもらえるよう、制作されています。ソウルの街並みに溶け込んでいる日本文化センターの様子、その施設を韓国の人々が利用している様子なども紹介され、海外事務所というものをまず視覚的にとらえることができました。

ソウルにある日本文化センターは、ジャパンファウンデーションの海外事務所としては最も新しいもので、2002年にオープンしています。今回は、その前段階である1997年から、韓流ブームが盛り上がった日韓友情年の2005年に焦点を当て、韓国でさまざまな経験をしたジャパンファウンデーションの職員3人に登場してもらいました。


一寸木(ちょっき)さん 1997~2001 在韓国日本大使館公報文化院勤務
本田さん 2001~2004 ソウル日本文化センター駐在員
町田さん 2002~2005 ソウル日本文化センター専門調査員


日韓交流冬の時代

一寸木(ちょっき)さんは1997年に在韓国日本大使館に出向。日韓政府間の協議や交渉、大使館主催の文化交流事業、民間交流の支援などに携わりました。赴任当初の韓国は日本文化が一種のタブーであり、必ずしも友好ムードばかりではありませんでした。数年前には日本大使館にデモ隊がやってきて火炎瓶を投げるという事件も起こる、冬の時代でした。

日本大衆文化開放を公約の一つにかかげて大統領に当選した金大中氏が政権につくと、韓国国内からはさまざまな反応がわき起こりました。「日本文化が入ってくると韓国の文化産業がだめになる」「日本統治時代を思い出す」「日本文化開放は時期尚早」といった声が上がるなか、一寸木さんにとっては厳しい日々が続きます。一方で、一筋の光もみえてきます。例えば、美術館のキュレーターや劇場のプロデューサーたちが大使館にきて、「自分達はこれまで日本の催しはやりづらかったが、これからは是非一緒に日韓の展覧会や公演をやっていきましょう」と言ってくれるようになったのです。薄紙をはがすように少しずつ、日韓交流が動き始めました。


韓国で開催された事業の展示写真
ラウンジには、韓国で開催された事業のポスターやカタログなどが展示されました

逆転の1999年

日本人にとっても、韓国は近くにあって遠い存在でした。90年代の世論調査では、韓国に親しみを感じない人の割合が、親しみを感じる人の割合を常に上回っていました。それが1999年に逆転します。日本政府から予算がおり、韓国政府の合意も得て、海外事務所開設の条件も整ってきました。本田さんは2001年、事務所開設のために韓国に赴任します。しかしこの年の4月、日韓に教科書問題が起こります。事務所の建物はできているのに、オープンに「待った」がかかりました。

文化と政治を切り離すことはできません。しかし交流を深めたいという気持ちにストップがかかることはありませんでした。日韓の関係者は、政治的な制約の中で精一杯の知恵と工夫を働かせ、交流促進の努力を行いました。そしてワールドカップ日韓共催の2002年、ソウル日本文化センターが正式オープンすることになります。


人と人との出会いで深まる交流

ワールドカップ後にソウル日本文化センターの専門調査員になった町田さんは、一般の友好ムードが高まる中で仕事ができたそうです。中でも韓国のロボット関係者と日本の関係者を結ぶロボットテクノロジーの講演会は、強く印象に残っています。韓国側は最初、日本と交流することに乗り気ではありませんでした。しかし事業後は仲良く連絡を取り合うようになったそうです。人と人とを結びつけることにより、ムードだけではない本物の交流が生まれていきました。

しかしまたしても、政治問題が交流事業に影響を与えます。日韓国交回復40周年の2005年に起こった竹島問題。留学も含めた8年の韓国生活で、日本人だからという理由でいやな思いをしたことのない町田さんでしたが、今回は緊張の度合いが違っていました。日本語で談笑しながらレストランで食事しているとき、見知らぬ人に突然「日本に帰れ!」と怒鳴りつけられたこともありました。この時期に実施した日韓DJミュージックの祭典「コリアロードクラブフェスティバル」では、警備を厳重にして万一に備えたといいます。広報では「日韓の・・・」という言葉をあえて外し、「あのアーティストが登場」「あのDJがやってくる」というように内容を強調しました。開催直前に韓国側の責任者が「日韓の若者の文化的水準を信じている」と発言。祈るような気持ちでイベント当日を迎えました。

その結果は・・・トラブル皆無でイベントは大成功。胸をなでおろすと同時に、日韓交流の歩みの力強さを実感しました。


個別の信頼関係を作り出す

後半は3人がそれぞれ、韓国での個人的経験などを披露してくれました。両国の複雑な歴史背景のため、韓国の人々は日本に対して、現実とは少し違ったイメージを抱いています。また日韓の政治状況が、社会に大きな影響を与えます。このような中で文化交流を着実に進めていくためには、日本側と韓国側の間に個人としての信頼関係を築いていくことが大切です。

国と国の関係に焦点をあてるのではなく、楽しさ、おもしろさ、美しさなど、普遍的で共感できるものをベースにした交流をすすめることにより、日本と韓国の人々が互いをよりよく理解し、ブームだけに終わらない本当の友好が深まっていくのではないかと感じました。


事業が紹介された韓国の雑誌や新聞の写真
JF事業が紹介された韓国の雑誌や新聞も展示されました

このイベントの模様は国際交流基金のブログ
「地球を、開けよう。」にも掲載されています。

次回は「日本語教育研修」をお送りします。





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