大劇場を満員御礼に

 

『シュリ』の写真

シュリ 監督:カン・ジェギュ 提供:シネカノン

『シュリ』 配給への迷い

『ソピョンジェ』の成功があって、そして私自身、韓国の映画会社とのパイプができまして、朝鮮籍だけども韓国映画をある程度評価してくれる、特に映画を当てれるっていうことが広がって、いろんな台本が送られてきまして、そのうちの一本が『シュリ』という映画の台本でした。
台本を読んだ当時は、これが映画化できるとは思っていませんでした。僕は読んだ当初は、これはアニメーションの台本かなと思いました。それは、CTXっていう液体爆弾が爆発してデパートが崩れるとか、そういうふうに書いてあるんですね。それは多分できないだろうと思ってましたし、例えば10万人入ってるスタジアムって書いてあるんですけど、「10万人、まあ、入れられないだろう」とか。そういった映画を作る立場で考えますと、韓国映画の予算で無理だろうなってタカをくくっていたんですけども。しばらくして案内がきましてできあがったっていうんで、観に行ったわけです。99年ですけども。そうするとまあ、あの、びっくりしたんですね。台本に書いてることが映画になってるんですね。当たり前なんですけども。これがもうびっくりしました。あの台本を映画にできたのかっていう、とにかく作家の力量にも驚きまして、すごいなと思いました。観客もいっぱい入っててですね。
しかし、『シュリ』は当時、韓国でもすごい勢いで客が入ってまして、『ソピョンジェ・風の丘を越えて』の記録を上回る勢いで入ってまして、大ヒットですね。日本からもたくさんオファーがきてまして、我々以外にも、とにかく初めて韓国映画を扱うメジャー映画会社もたくさん参入して入札になっていました。
ただ自分自身はですね、『シュリ』すごいなって思ったんですけども、これは果たして僕がやる映画なのかなっていうふうに思いました。アクション満載なエンターテイメント作品ですから、自分自身がどうなのかなって、そんなふうに思ったんですけれども。

配給権獲得を決断させたセリフ

次の日の朝、交渉をしましょうという前に、もう一度映画館に観に行きまして。韓国では、8時半っていう朝1回目の回もやるんですね。この回は料金が若干安いんで、中高生や大学生が多いんですよね。その回に行きまして、もう1回観てみようと思って観たんです。で、はたとこう、気付いたことがありまして。皆さん『シュリ』という映画をご覧になった方は記憶にあるかも知れませんが、最後主人公とテロリストが対峙する変電室で、北側のテロリストが言うんですね、「50年間だまされたら十分だ」と。「政治家は統一を望んでない。北の子たちが餓死で死んでいく様を見たことあるか? そして100ドルで売られていく子を見たことあるか?」 って言うんですね。そういうセリフを吐いて、「だからこのテロリズムが統一を招くんだ」っていうふうに言うんですね。それをまあ、否定する捜査官のハン・ソッキュがいるんですけども。僕は、そのセリフを聞いてハッと思ったんですね。このセリフに、ものすごい作家の勇気があるなと。それは今やですね、何て言いますか韓国の人がですね、「太陽政策で北と仲良くしましょう」っていうことを言ってますけども。当時は、まだ映画においてこういう表現っていうのはなかなか難しかったんですね。要するに、北の人間もこういう痛みを抱えて生きてるんだっていう、要するに自分たちとの同一性ですね。同一性を強調するっていうことは、なかなか韓国映画界ではタブーだったんですね。そのタブーを非常に打ち破るといいますか、そういったことにチャレンジしてるなということで。監督や役者やプロデューサーの、とにかくその勇気に感銘しまして、この映画、自分がこのセリフのためにやるべきだなと思いました。で、その昼からの交渉で、何とか交渉妥結して日本の配給権を得たわけです。

 

JFサポーターズクラブイベントの写真

売り出しコピーのこだわり

この映画で私は『風の丘を越えて』とはまったく違うことにこだわりました。何かと言いますと、韓国映画として売るのはやめようと思いました。それを表現したのが、我々が一番初めに謳ったコピー。『アジア映画新世紀』っていうふうに『新世紀』っていうコピーをつけました。2000年の1月に公開したってこともありましたが、そういったところとひっかけて、「これはまったく新しいアジア映画だ、そしてまったく新しい、日本人が観たこともない映画だ」っていうようなことを強調しました。

日本最大の劇場へのこだわり

こだわったのは、日本で一番大きな劇場でやりたいと思いました。それは、ここまでのエンターテイメントですから、そういったことにこだわったわけです。ただ、日本で一番大きな映画館っていうのは当時は、今はもうないんですけども、渋谷のパンテオンっていうところでした。1250席あるんですね。その次は新宿のミラノ。これも1200席あります。ここをやってらっしゃるのは東急レクレーションという会社ですね。で、ここの人たちに観てもらったわけです。「パンテオンではできないけども、パンテオンの中に入ってる小さな小屋。200席ぐらいの小屋でどうですか」って言われまして。当時、「そこでもいいです」っていうことでのんだわけです。とりあえずは、その部長さんとですね、アイダ部長っていうんですけどね、その人とある約束をしまして、「もしこの映画が大ヒットをしたら小さい劇場から大きな劇場にかわりますね」っていう。要は同じ東急さんが持ってる、そのパンテオンの中にある劇場が4館あって、一番入る映画を1300席や1200席にするという約束だったんですね。

劇場に続く長蛇の列

当時、『シュリ』の前にかかる映画が『ワイルド・ワイルド・ウェスト』っていう映画でした。これはあんまり言うと支障があるんですけど、ワーナーがやってたようですね。その次にやってる映画も『ラブ・オブ・ザ・ゲーム』っていうケビン・コスナーの野球の映画だったんですね。たまたまこれ僕、試写会で観てまして、2本とも非常に駄作でした。これはコケるなと思ったんですね。これがコケると『シュリ』にお客さんが入ってると劇場入れ替わるなって、そういうふうに思いまして。その映画じゃなかったら、多分東急さんにお願いしてなかったと思います。案の定、お正月からこの『ワイルド・ワイルド・ウェスト』がコケて、『シュリ』は200席の劇場から1200席に入れ替わったんです。入れ替わって、どうかなと思ったんですけども、まあ、入りまして、1200席の劇場が1日4回満席になりました。あそこは皆さん記憶にないと思いますけど、階段の上まで並ぶんですね、パンテオンっていうのは。5階ぐらいまで並びました。5階ぐらいまで並んだ風景を見て、非常にうれしかった記憶がありますけども。

 

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