JFサポーターズクラブ 2008年7月のイベント報告 地球をつなぐ笛の音 〜篠笛とフラメンコギターのコンサート&トーク〜

 

JFサポーターズクラブ 2008年7月のイベントのバナー

地球をつなぐ笛の音

 

7月26日(土)にJFサポーターズクラブ7月のイベントが行なわれました。今回は、JFICオープニング後、初めてのJFサポーターズクラブイベントでした。会員の方、会員以外の方、合わせて70名近くの方にお越しいただき、篠笛奏者の狩野泰一さんとフラメンコギター奏者の柴田亮太郎さんの演奏と、狩野さんのトークを楽しんでいただきました。

 

狩野泰一氏撮影:佐渡の写真

佐渡の夕日
©狩野泰一

日本生まれの楽器、篠笛

コンサートは狩野さんのソロ演奏で始まりました。狩野さんは、元々はジャズが好きで、ジャズのパーカッションを学びにニューヨークへ行ったそうです。そこで、リンカーンセンターの野外ステージで和太鼓を叩いている日系2世・3世の人たちと、総立ちになって「ブラボー!」と叫ぶ何千人ものアメリカ人たちを見て、鳥肌が立ったといいます。「日本にはこんなに素晴らしい文化がある。日本の伝統的な音楽を学びたい」と日本へ帰って来ました。そして、佐渡島に拠点のある和太鼓集団、鼓童に入って、太鼓を習います。自然の中で、好きな音楽にひたすらに打ち込む日々はとても楽しかったそうです。

「篠笛、琴、三味線、篳篥・・・和楽器にもたくさんありますが、いろいろ調べてみると、日本で生まれたものは篠笛だけみたいなんですよ。他はすべて外国から日本に持ち込まれたそうです。でも、篠笛は昔から日本人が身近にあった竹を切って、削って、吹いていた楽器なんです」狩野さんの説明はとてもわかりやすく、初めて篠笛を聞く人もすぐに引き込まれます。

 

JFサポーターズクラブイベントの写真2

息もぴったりのお二人

フラメンコギターとのセッション

 

続いて、フラメンコギターの柴田亮太郎さんの登場です。狩野さんが柴田さんを紹介してくれました。「柴田くんとの出会いは、あるライブで柴田くんのギターを聞いて、最初の一音で、これはすごい!と思って、終わってからすぐに楽屋に行って、こういうものですが、今度ぜひ一緒にやりましょうって誘ったんですよ。」すると、柴田さんは「そういうことはよくあるのですが、普通はその後特に連絡もなく、それっきり、ということが多いのですが・・・」。すかさず、狩野さんが「僕は社交辞令はないので!やろうっていったら連絡するし、遊びに来てって言われたらほんとに行きますから」と応酬。軽快な二人のやりとりに会場が沸きます。

 

JFサポーターズクラブイベントの写真3

演奏風景

二人で奏でる曲は、「七つの子」のような誰もが知っている曲から、狩野さんのオリジナル曲まで、様々な曲調で、ダイナミックな世界を繰り広げます。狩野さんがジャパンファウンデーションの派遣で行ったインド公演の際に、インスピレーションを得て作った曲、「Imagination from India」では、聞く人は不思議な異国情緒の世界に引き込まれ、自然と音の渦の中へ巻き込まれていきました。

最後の曲は、柴田さんの即興に合わせ、狩野さんが篠笛、そしてパーカッションを合わせる即興演奏でした。つまり、どんな曲になるのか、どのくらいの長さなのかは演奏してみないとわからないということです。柴田さんがギターを弾き始めると、狩野さんはじっと聞き入り、やがて篠笛を口に当てて演奏を始めました。言われなければ即興とはとてもわからない、息の合った演奏に、大きな拍手が鳴り止みませんでした。

アンコールでは、狩野さんが作詞作曲をされた、佐渡島の小学校の校歌を披露してくれました。自分の作った曲を子どもたちが歌ってくれて、体育館に『校歌 作詞・作曲 狩野泰一』というプレートが掲げられているのを見たときはとても感慨深かったそうです。自然と友情の尊さを歌う伸びやかな歌詞に、一瞬、会場に佐渡の青空が見えたかのような気がしました。

 

JFサポーターズクラブイベントの写真4

地球を巡る冒険

コンサートの後、休憩をはさんで、後半は狩野さんのトークです。狩野さんは、1987年に「鼓童」のメンバーになって以来、カーネギーホール、ベルリンフィルハーモニーホール、パリ市立劇場を始めとする世界 20カ国で1000回を超える公演に参加してきました。1997年に独立されたあとも、たくさんの国で公演を行なってきました。そこで出会った人、音楽、文化はどのようなものだったでしょうか。

写真をスライドで映しながら、狩野さんのトークは始まりました。狩野さんは、2000年に「地球が好き 佐渡が好き」という本を出版されていて、その中でご自身が撮られた写真を数多く紹介されています。今回、イベントの開催に合わせて、ジャパンファウンデーションのJFICでも、狩野さんの写真展を開催させていただきました。

狩野泰一氏撮影の写真1

© 狩野さんが世界を廻って撮りためた写真

参考になる点がたくさんあります。

最後のクラスは、みなさんかなり日本語が流暢です。先生が自然に話しているのに、しっかり理解している様子。助詞の「は」と「が」の違いなどを、例文を挙げながら説明しているのを聞いていると、日本人でも「日本語って難しい」と改めて思ってしまいます。参加者が「私の奥さんは」と言うと、「私の家内が、ですね」と先生が言い直しているのを聞いて、ここまで正確に教えるのだな、と感心しました。しかし、「~さんはもうすぐ結婚するのですね」というと「がんばります」と答えるなど、日本語での冗談や笑いも時に飛び交い、授業を楽しんでいる様子が伝わってきました。

狩野泰一氏撮影の写真2

©狩野泰一

例えば、セネガルのきらびやかなドレスを着て舞い踊る女性の写真。

 

これは、狩野さんが3カ月間セネガルに滞在して、太鼓の名手、ドゥドゥ・ニジャエ・ローズ氏の元で太鼓を習ったときに、割礼の儀式に行ったときに撮った写真だそうです。セネガルの女性は本当におしゃれが好きで、一度着たドレスはもう着ない、アクセサリーはたくさんつけるほどいい、というのが当たり前。そして、みんなとにかくノリがよくて、太鼓が始まると、次から次へと太鼓叩きの前へ走っていってワーッと踊るのだといいます。これは、そんな女性の踊っている様を下から撮ったショット。このポジションにいられたのは、ローズ氏と一緒に暮らしていたからこそで、なかなか撮れないショットだと話してくださいました。

 

 

 

狩野泰一氏撮影の写真3

©狩野泰一

次に、やはりアフリカで、川の渡し守をやっている少年の写真。狩野さんが通訳を連れて、川を渡ろうとやってくると、少年が言った金額が高かったのだそうです。てっきり、日本人だからふっかけているのだろうと思って、「もう少し安くしてくれないか」と言ったら、少年はギロリと目をむいて、「降りろ」と一言言いました。「俺はこれでずっと食ってるんだ。金を払えない奴は今すぐ船を降りろ」と言い放つ少年に、狩野さんは思わず「すみません」と謝りました。少年は10歳くらい。でも自分でお金を稼ぎ、家族を養っている姿はたくましく、「学校に行きたくない、とか言っている日本の子どもに見せてやりたいと思った」といいます。あまりにかっこよかったので、モデルになってくれ、と頼んで撮ったのがこの写真だそうです。1枚1枚の写真に、狩野さんの出会った人々とのストーリーが詰まっているのですね。

次の写真は、スペインの男女。女性の着ている水玉模様のドレスは、この地域ではユニフォームのように皆が着ている衣装なのだそうです。ここで、スペインに住んでいた柴田さんに加わっていただき、スペインで印象に残っていることを伺いました。

 

狩野泰一氏撮影の写真4

©狩野泰一

柴田さんは、フラメンコを学びに行ったのですが、予想以上にフラメンコが地元の人に大切なものとして受け継がれている、と感じたそうです。皆フラメンコが大好きで、自分たちの大切な文化として誇りを持っているのだそうです。「スペインでいいなぁ、と思ったことは何?」という狩野さんの質問に、柴田さんが答えた話が印象的でした。

あるとき、柴田さんがカフェに行くと、30分くらい注文をとりにこないのだそうです。いいかげんだなぁ、と思っているとやっと青年が注文をとりにきて、「コーヒーと・・・」と柴田さんが注文しているときに、フラメンコが通りがかり、それを見た青年は注文をほったらかして、フラメンコについていってしまったというのです。「それで、3日後くらいに同じカフェに行ってみたら、普通に働いていて首にもなっていないみたいなので、なんかそういうのって日本では考えられないからいいなぁと思って」という柴田さんの言葉に、会場も狩野さんも爆笑です。

 

JFサポーターズクラブイベントの写真5

©狩野泰一

トークでも息のあったところを見せるお二人

この後もトークは続き、終了時間をオーバーしてしまいましたが、参加者の皆さんはすっかり聞き入ってしまいました。「コンサートもトークも楽しかった」「篠笛とフラメンコギターという組み合わせが意外だったが、とても素敵な音楽で、もっと聞きたかった」という感想をたくさんいただきました。新しくなったJFICでの初めてのイベントに、関西や長野、高知の会員の方も来てくださって、一緒に素敵な時間を過ごすことができた一日でした。

 

ページトップへ戻る