JFサポーターズクラブ 2008年8月のイベント報告 テランガの国−セネガルの文化と社会の魅力

 

JFサポーターズクラブ 2008年8月のイベントのバナー

 

8月21日(木)にJFサポーターズクラブ8月のイベントが行われました。今回は、ジャパンファウンデーションから在セネガル日本大使館に出向し、文化担当官として2年間勤務した高須映像出版課長と、セネガル人考古学者でゴレ島歴史博物館やブラック・アフリカ基礎研究所博物館館長を歴任したアブドゥライ・カマラ氏に、セネガルの文化の多様性と日本との文化交流について語ってもらいました。

 

JFサポーターズクラブイベントの写真1

アブドゥライ・カマラ氏(左)と高須映像出版課長(右)

アブドゥライ・カマラ氏はギニアとの国境近くの地方の出身で、考古学者として、また長年博物館館長として活動してきた専門家として、貝塚のシンポジウムのオーガナイズ、奴隷貿易の歴史的研究、世界遺産の保存及び活用、青少年への博物館教育など、幅広い活動に従事されています。このたび、ジャパンファウンデーションの文化人招へい事業で、ドミニック夫人とともに来日されました。

セネガルは西アフリカの国です。赤道のすぐ上で、内陸部は気温が42度~48度にもなります。セネガルの有名な史跡としては、首都ダカールの沖合にあり、過去の奴隷貿易の拠点として世界遺産に登録されているゴレ島が挙げられます。ゴレ島は、広島の原爆ドーム、アウシュビッツ収容所と並んで、世界に3つしかない「負の」世界遺産で、現在も自らのルーツを求めてアフリカ系アメリカ人などのディアスポラが多く訪れています。「ディアスポラ」とはギリシャ語で「散らされたもの」という意味であり、奴隷制によってアフリカ大陸から連れ去られた黒人の子孫に対し、国籍のように用いられることがあるのもセネガルの特徴です。

 

JFサポーターズクラブイベントの写真2

スライドでたくさんのセネガルの写真を紹介

ゴレ島、そして北西部の街サンルイでは、シニャールと呼ばれる当時のヨーロッパ人男性の現地妻が知られています。シニャールは奴隷ではなく、子どもも父の名を名乗ることができるなど、比較的恵まれた環境にあったそうで、現在でも特徴的な名前と風貌を持つ、一種のブルジョワジー階級を形成しています。

自然環境でセネガルにおいて有名なのは、「星の王子様」で有名になったバオバブの木でしょう。バオバブはアフリカではとても有益な木で、若芽や果実は食べることができ、樹皮で縄もつくり、捨てるところがないと言われています。千年生きるという生命力の強い木ですが、年を経るとともに(縄文杉のように)内部は空洞になっていきます。セネガルには、グリオと呼ばれる歴史と伝統を口承で伝える人たちがいますが、彼らは時に想像で物語を創る、つまり嘘をつくこともあるため、グリオが亡くなったときにその舌が残らないように、バオバブの洞に埋葬する習慣があったそうです。また、バオバブは遠くからでも大きくて目立つので、「旅人の木」とも言われました。

 

JFサポーターズクラブイベントの写真3

バオバブの木とマングローブ

セネガルはどんな人でも受け入れるホスピタリティの非常に強い国です。今回のイベントのタイトルにもなっている「テランガ」=歓待という言葉はセネガルの社会をよく表している言葉だといえそうです。

セネガルは、このテランガの精神により、多様な民族と文化が共存しながら、クーデターもなく平和を維持してきたと言ってよいでしょう。いろいろな国の植民地であったアフリカは、60年代に次々と独立を果たし、小国がたくさん建国されましたが、1つの国に1つの民族・文化があるのではなく、たくさんの文化が1つの国の中にあるような状況が当たり前でした。そのために、ときの権力者は自分の文化を守ろうとし、多くの紛争が起こりました。

 

藍染ワークショップの様子 万華鏡を手にする子どもたち
藍染ワークショップの様子 万華鏡を手にする子どもたち

 

そのような中でセネガルが文化の多様性を保ちつつ、ある意味での文化的一貫性を維持できたのは、初代大統領のサンゴールの努力によるところが大きいと思います。サンゴールは、海外に出て行ったセネガルの文化人を呼び戻して文化サロンを開いたり、ジャーナリストを呼んで自ら文化について講義をしたりして、文化的なアイデンティティの確立に大きく貢献しました。彼はセレール族というアニミズムの強い部族の出身で、キリスト教徒です。セネガルはイスラム教徒が90%以上を占めますが、宗教、民族、言語は混在していて、異なる民族でもすぐ近くに住んでおり、違う民族同士の婚姻も珍しくないそうです。

 

違う民族同士ですから、もちろん緊張感もあるのですが、そういうとき、セネガルではわざと冗談で悪態をつく「冗談関係」によって、緊張を和らげるのだそうです。例えば、違う部族の人が入ってきたときには、その民族と「冗談関係」にある別の民族の人が悪口を言って、それをその場の人たちみんなが冗談だと受け止め、悪口を言い返したりして、場を和ませるのだそうです。外国人が見るとびっくりしますが、セネガルではよく見られる光景だということです。

 

「は・や・と」の太鼓ワークショップ 日本映画上映会のために映写機を準備
「は・や・と」の太鼓ワークショップ 日本映画上映会のために映写機を準備
日本映画「ナビィの恋」を上映 会場からも活発に質問が出ました
日本映画「ナビィの恋」を上映 会場からも活発に質問が出ました

 

セネガルの「テランガ」(=歓待)を象徴するようなエピソードを紹介しましょう。セネガルでは家族が多いのですが、ご飯は巨大なひとつの大皿に盛って、みんなで一緒に囲んでスプーンや手をつっこんでにぎやかに食べます。そしてそこに誰かが通りかかったりすると、必ず「おいでよ、一緒に食べようよ」と言って勧めてくれます。勧められた人もなれたもので、「今ご飯食べてきて、そんなにおなかがすいていないけど、ちょっとだけ」などと言いながら、輪に加わって一緒に食べて、おしゃべりして、立ち去っていきます。これが町中でごく自然に行われています。

 

セネガルは、一人当たりのGNPは1,000ドルに満たないのですが、インフォーマル経済と支えあいの精神がとても発達している国です。頼母子講のような小額融資(マイクロクレジット)が成り立っていたり、空き缶や針金でおもちゃや日用品を作ったり、廃車のエンジン部分を溶かして鍋を作ったりと、正式な数字だけではわからないインフォーマル・セクターの力によって、人々の生活は支えられています。

 

最後に、セネガルで高須さんが行っていた文化担当官の仕事をご紹介します。これは、カマラさんの協力を得てセネガルで藍染めワークショップをやったときの写真です。このときは、本格的に藍染めをやるため、日本から藍染めの専門家を呼び、藍玉はギニアから取り寄せました。また、セネガル側からも北部地方で伝統的な藍染めを続けている専門家に来てもらい、日・アフリカの藍染め交流の良い機会になりました。セネガルの専門家は分量などもけっこう目分量で、「甕にお守りを入れてふたをするから、私がいいというまでは決して開けないように」などと魔法使いのようなことを言っていたのですが、短い時間で見事に発酵したのでみんな大変驚きました。そのときのワークショップで子どもたちが染めた藍の布が、本日ドミニック夫人がパッチワークのバッグにしているものです。セネガルでも伝統的な藍染めはもうあまりやらなくなってきて、化学染料の染物がほとんどだそうですが、子どもたちは想像力豊かにいろいろ工夫をして、きれいな藍染めを作り上げていました。

 

他にも、小学校でのワークショップや太鼓による交流、日本映画上映会などを地方巡業して行っています。これは、日本人の和太鼓グループ「は・や・と」を招いて、セネガルの太鼓奏者で人間国宝でもあるドゥドゥ・ニジャエ・ローズ氏と一緒に太鼓のワークショップを行ったときの写真です。また、日本映画上映会では、ときには1000人近い村人が集まって、日本の映画を観てくれました。

 

日本からは遠く離れたセネガルですが、その温かさに溢れた文化の魅力を少しでも知ってもらうことができたのなら幸いです。

 

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