スカーフは何のため

 

「ここ十年ほど、エジプトに帰る毎に、スカーフを被って顔を覆う女性の数が増えています。自分の友人や親戚でもスカーフを被る人が殆どになっています」 バドル・駐日エジプト大使夫人は、美しい髪を揺らしながらそう言った。 イランでは勿論、トルコでもスカーフを被る女性の数は増えてきた。何故だろうか。 それはスカーフが、ある価値観を代表しているからである。すなわちイスラムの伝統に根ざす価値観、女性は肌や髪を軽々に人目にさらすべきではないという価値観の表現であろう。 もとより、その価値観の是非は議論されねばならない。しかし先ず問いたいのは、何故そうした伝統への回帰が、エジプトやトルコのような比較的世俗的な国にまで及んでいるのか、という点である。 グローバリゼーションの波の中で伝統的価値観が崩れていくことに不安を持つ人々が増え、それが伝統への回帰につながっているのだ ―― そう断言する人もいる。しかし、イスラム世界の女性のスカーフには矛盾が存在する。そもそもスカーフは、女性が“公共”の場所へ出て行く時に着けるものだ。女性がしばしば“公共”の場に出かけるということは、女性の社会進出が認められ、当の女性たちも家や小さな友達づきあいの世界を飛び出して女性の自由と権利を主張したいからに他ならない。しかし、正にこうした女性の“解放”を実現するために伝統的価値のシンボルであるという“束縛”を着けなければならないというのは矛盾である。さてこの矛盾をどう考えるか。 エジプト人は言うかもしれぬ。「それは現代の謎です。答えはスフィンクスに聞いてください」と。

 

「あすへの話題」(2004年12月1日「日本経済新聞」夕刊掲載)

 

 

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