アジアとは何か

 

アジアに共通なもの ―― それは、アジアを植民地化した列強に対する反抗と解放の戦いだ。しかし日本だけは、近代において、その列強の一つであった。この事実に目をつぶってはいけないのではないか ―― 一九七二年十一月二七日の「明日への話題」欄の著者は、「アジアとは何か」という題名の文で、こう問いかけている。
それから三〇年以上の歳月が経った今、我々はアジア共同体を語り、アジアの相互依存を説く。そこでは、日本と他のアジア諸国は、同じ歴史的体験と文化的伝統を持ち、地理的な隣国であることが強調される。しかし、パリを発って二、三時間飛行機に乗れば、もうヨーロッパの外へ出ると言うのに、日本にとって、アジアは地理的には相当遠い存在だ。
しかも近代史において、アジアの人々と日本とを直接結びつけたのは、日本による植民地化や戦争であった。今なお「過去」や「歴史認識」が問題となるのは、日本とアジアを結ぶインターフェイスが「戦争」だったからだ。
従って日本と他のアジアの国々を一つにして、「アジア共同体」や「アジアの理念」を語るのは、そこにアジアの歴史的共通項があり、地理的に隣国だからではないはずだ。それは、今こそ「アジア」を語り、「アジア」を創り出すことが、政治的・経済的に意味があるからである。アジアとは、未だ存在していないものを創るための用語である。アジアに共通なもの ―― それは、アジアを創ってゆこうとする意思でなければなるまい ―― これが七二年十二月二七日のこの欄の著者、亡父 小倉武一の問いに対する私の答えである。

 

「あすへの話題」(2004年12月22日「日本経済新聞」夕刊掲載)

 

「冬のソナタの陰に」

日本近代化の嵐を呼び起こし、そしてその犠牲ともなった吉田松陰ゆかりの地、山口県萩市で、アジアの近代化をテーマに数カ国の大使が参加した国際会議があった。
その折、チュー・キューホ駐日韓国公使夫妻と旧交を温める機会を得た。「冬のソナタ」の話題から恋と別離に話が及ぶと、公使は「韓国では最も多感な青春時代に三年ほど兵役に行かされるので、どうしても恋人との別離、恋の破局や失恋を経験します。自分も部隊を預かる将校の時、女性問題で苦悩する部下をどう慰めるかに心を砕きました」と言う。
兵役ばかりではない。「北」との民族分断によって離れ離れになった人たちもいれば、政治的信条から投獄され、妻や恋人と引き裂かれた経験を持つ人も少なくない。そうした苦しみと別離によって、恋愛は純化され深まっていく。
今日、日本で“癒し”という言葉が流行っているが、癒すことのできる傷痕であれば、大した傷ではないとも言える。癒すことのできないような深く鋭い心の傷こそが、恋の結晶を作るのではないか。日本で「冬のソナタ」のようなドラマが出てこない理由も判る気がする。そう言うと、チュー夫人は「私たちは主人の兵役が終わってから結婚しましたが、今でも新婚気分で仲良くやっています」と、冗談とも本気ともとれる心情を吐露して、皆を笑わせてくれた。
草葉の陰でこの話を聞いた松陰は何と言うだろうか。「およそ精神の純化には、迫害や犠牲が必要だ」と言うのではないか。「萩の人々は皆、京へ江戸へと行ってしまいました。でも萩の精神は石垣のように残っています」。国際派で知られる野村・萩市長も一言付け加えてくれた。

 

「あすへの話題」(2004年12月08日「日本経済新聞」夕刊掲載)

 

「英雄のいる国、いない国」

先日、モンゴル有数の作家でジャーナリストのダンバ氏(名はツェンベル)に会った。民主化の道を選んだモンゴルが、何を自分の民族精神として掲げ、深めていくべきかを問うて、『真夜中の目覚め』という歴史小説を書いた作家である。 「民族精神と言えば、チンギスハーンはモンゴルでどこまで民族の英雄として崇拝されているのか」と聞くと、生地のヘンテアイマクには十メートル前後の巨大な像も建てられてはいるが、蒙古民族の独立のために戦ったスフバートルのような人物が、むしろ国家的英雄としてしばしば言及される」ということだった。かつてソ連からの横槍でチンギスハーンを英雄視することを禁じられた苦い体験が今でも影を落としているようにも見えた。 「そう言えば、モンゴルは旧共産国各国でスターリン批判が起こり、その銅像や石像が引き倒されたりした後も、独りモンゴルだけは、スターリンを解放の功労者として、その像を残していたが、あれはどうなったか」とダンバ氏に尋ねてみた。すると氏は苦笑いを浮べながら、「あの像は、酒場の経営者が買い取り、今やバーの一角に飾られている」と言う。英雄の記念碑を建てるということも政治的行為であり、またこれを壊したりすることも政治I行為だ。だからフランス革命では王様の像が引き倒されたし、90年代始めには世界中でレーニン像が壊された。毛沢東の肖像も撤去されたかと思うと、また掲げられたりしている。こう見てくると、英雄のいない国の方が、いちいち英雄像を倒したり、また作り直したりしないで済むだけ良いと言えるかもしれない。

 

「あすへの話題」(2004年11月24日「日本経済新聞」夕刊掲載)

 

 

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