Malaysianであること、その意味〜Life Sdn. Bhd. 2

 

Jit Muradの写真

Jit Murad
(c 日馬プレス・本吉泰介)

And, yes, I am Malaysian.

アクターズ・スタジオの新作、「LifeSdn. Bhd. 2」では、登場人物はそれぞれの物語を語り終えた後、舞台上に整列してこういいます。彼らは、マレー系であったり、中華系であったり、インド系であったり、ユーラシアンであったり、ゲイであったり、太り過ぎを気にしていたり、聾唖者であったり、AIDS患者であったり、それぞれが個性豊かな人々です。それぞれの生活、それぞれの悩みを抱えています。共通項はあまりありません。互いの接点さえも。でも、「I am Malaysian」であることが彼らを同じ舞台の上に立たせているのです。

でも、これは相当ヘンなことです。その国で一緒に芝居をし、一緒の舞台に上がるだけなのに、いちいち「Malaysian」であることを確認しあわなければならない国なんて、なかなかあるものではありません。「多民族社会」と言われるアメリカやオーストラリアでさえ、そんなことはないでしょう。多様な集団が、それぞれ独立して共存するマレーシア社会の特質がここで強烈に暗示されます。

 

Dino N. Hassanの写真

Dino N. Hassan
(c 日馬プレス・本吉泰介)

ベテランの人気俳優、Jit Muradはこの作品では、終始無邪気な演技を続けます。そして、彼は自分の物語を終えた後、相変わらず無邪気な調子で言うのです。「I am Bumiputra」。その瞬間、劇場の中の空気は確かに変わりました。ブミプトラ政策、マレー人優遇政策がこの国に与え続けている影響は計り知れないものがあります。マジョリティに対するアファーマティブ・アクションが国家政策として実施されている国は、世界中を見渡してもほとんど例がないのではないでしょうか。単に「違い」としてだけで片付けるわけにはいかない、この国に住む全ての人々が感じ続けている違和感。それをたった一言でえぐり出したのがこのJitの台詞だったように思われました。

それでも人生は続いていくのです。個人的な悩みや、社会への怒りや、明日への希望をそれぞれが抱え、そして彼らが互いにかかわりあうことで新しい関係が生まれ、人生が少しだけ楽しいものになる。「Life... Sdn. Bhd. 2」で演出家のFaridah Mericanが見せようとしたことは、そういうことだったような気がします。

 

この作品の最大の驚きは、実際に聾唖者であるDino N. Hassanの演技でした。彼の目、視線がもつ力強さは特筆すべきものであると思いました。最初は戸惑いを隠せず、次には「障害者への暖かい視線」で彼を見ていた観客は、最後には純粋に、ひとりの演技者としての彼を注視していました。彼の演技には、観客を引き込むだけの強さがあふれていました。終演後、出演者の一人であるAri Ratosが「役者として彼に圧倒されそうになってしまった。恥ずかしい」とポツリといっていたのが印象的でした。Dinoは、稽古のあいだ中、うまく集団にフィットできずにいたのだそうです。その不安を抱えたまま迎えた初日でしたが、そこで完全に弾けました。彼の演技がこの芝居の重要なエレメントになったことは誰も否定しないはずです。

多様な文化が共存するマレーシア。でも、それはステレオタイプな文化論だけで語れるようなものではなく、そこに息づく魅力的な人々が織り成すタペストリーなのだ。そんな気にさせてくれる芝居でした。

 

(コラム「劇場に出かけてみませんか」『日馬プレス』第285号 2004年11月1日より)

 

 

 

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