旧式のめざめ/日中関係を担う若い芽/第二の「アタ」を出さないためにも

 

長崎国際交流塾の活動の写真

長崎国際交流塾の活動より

旧式のめざめ

今日は5月4日。1919年に起こった反日愛国運動「五・四運動」の記念日にあたる日として、4月に発生したような破壊行動が再び繰り返されるのではないかと心配されたが、厳しい取締りもあってか、目立った動きはなかった。

20世紀中国文学の最高峰、魯迅は、「五・四運動」の3ヶ月後、請われて武者小路実篤の「或る青年の夢」を中国語に翻訳した。反日感情が渦巻くこの時期に日本人作家の戯曲を紹介して喜ぶ中国人はいないだろう、と当初、彼はこの打診を断ろうと思った。しかし、思い直して翻訳を進めた。

「突然、自分の根性が疑わしく思われて、恐ろしくなり恥ずかしくなった。人はこうであってはならぬ――こうして私は翻訳に着手したのであった。」

中国社会科学院の孫歌研究員は、魯迅が恐れたのは「中国人が目覚めていないというより、目覚めたと目された中国人のその目覚めが『旧式の目覚め』でしかなかったということ」と書いている。(『国際交流』誌97号)

列強による植民地化に対抗するためには、主体的な民族意識に中国人が目覚め、独立国家を樹立すべき、と魯迅は説いた。その彼が恐れたのは、「旧式の目覚め」、すなわち国家を絶対化し、人間性を失うことであった

ならば魯迅の懸念は、中国人のみに向けられたものと考えるべきではない。中国を蔑視し、過剰ナショナリズムに奔った日本の目覚めもまた「旧式の目覚め」ではなかったか。日中関係が揺れる今こそ、魯迅の言葉を噛みしめたい。
(公明新聞2005年5月4日 コラム「にしひがし」掲載)

日中関係を担う若い芽

北京に出張し、中国人高校生による日本語弁論大会を見る機会があった。二〇〇三年の国際交流基金調査によれば、中国の日本語学習者数は韓国に次いで世界第二位で約三九万人、うち八万人が高校等で学んでいる。このコンテンストに参加しているのは、全国の地方大会を勝ち抜いてきた中国の高校日本語教育の頂点に立つ青年たちである。
彼らのスピーチや質疑応答から、この国の今が透けてみえてくるようでおもしろかった。中国社会では理系が就職や出世に有利といわれる。胡錦濤主席も理系出身だ。理系に進むことを教師に勧められながら、世界一の社会学者になることを夢見てあえて文系を選び日本語を学んでいる、と胸をはる青年がいた。
急速な漢文化の浸透で、少数民族の言語、文化は風化の危機にさらされている。日本語を学ぶことで自民族言語の重要性に目覚め、モンゴル語を勉強し始めた新疆ウイグル自治区の青年の言葉も印象深い。
近年日中関係はなにかと波風が立つこと多く、中国の青年層は愛国教育の影響で反日感情が強いと言われる。たしかにインターネット等で過激な書き込みを流すのは、こうした世代だ。しかし、その一方で日本に熱い想いを寄せて日本語を学ぶ青年たちもいる。そして中国の同世代との格闘のような対話を通じて、相互理解を深めていこうと中国の大学で頑張っている日本の若者がいることも今回の出張で知った。次代の日中関係を担う若い芽が北風のなかで育ちつつある。
(公明新聞2005年4月8日 コラム「にしひがし」掲載)

第二の「アタ」を出さないためにも

「9・11」は、我々国際交流に携わる者にとっても痛恨の大事件であった。主犯格モハメド・アタ容疑者が、ドイツの大学で学ぶエジプト出身の元留学生だったからだ。彼がアルカイダの国際テロネットワークに組み入れられていったのは、留学期間中だ。国際相互理解を担う留学生がなぜ非情なテロリストに変身したのか?そこにはドイツ社会に溶けこめなかった中東留学生の孤独な影が見え隠れする。

 先月総務省は「留学生の受入れ推進施策に関する政策評価」を発表した。今後国費の使用については「質の向上へ重点を移すことが必要」として、選考方法の改善等を提案している。量から質への転換、という方向性に賛同するが、同時に日本滞在中の留学生へのケアについても十分な目配りが必要だ。そのためには大学と地域社会の連携が重要になってくる。

 今月、国際交流基金地域交流賞に選ばれた長崎国際交流塾は、地域社会と留学生のふれあいを強化する目的で活動する市民の団体である。長崎情緒あふれる由緒ある洋館を拠点に、在住外国人と市民の交流を軸とする活動を展開している。そこでは、留学生は単なるお客さんではない。訪れる市民をお国自慢の料理でもてなし、自宅に招き母国文化を紹介する「逆ホームビジット」交流をしかけるなど、地域に溶け込むのが難しいとされる留学生が主体となって活動している。日本から第二の「アタ」を出さないためには、留学生を地域社会から孤立させてはならない。

 

 

 

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