国際交流協会の生き残りをかけて

 

バンコク日本文化センターでは、クルンテープかるた会と共催、社団法人全日本かるた協会の後援をえて、日タイ修好120周年記念事業の一つとして、日本のかるたをタイの方々にわかりやすくご紹第2回国際交流・協力実践者全国会議が、2004年8月28日、29日の2日間、全国から211名の参加者を得て大阪で開催された。今回の会議が掲げたテーマは、「地域社会の発展における国際交流・協力活動の再定義」。このテーマは、昨年、この全国会議が生まれるきっかけとなった関係者の危機意識と直結している。第1回会議開催に際し、彼らが共通認識としてもっていたのは、「どうすれば地域の国際交流協会は生き残れるか」という切実な危機感である。

逆風のなかの国際交流団体

日本の国際交流団体は、いま、逆風に晒されている。とりわけ、全国に約920ある、自治体が出捐した国際交流協会が置かれている状況は厳しい。行財政改革、市町村合併、地方財政の悪化など、さまざまな理由から整理統合、民営化、事業規模の大幅な縮小の対象となる団体が続出している。80年代後半以降、「国際化」のかけ声の下に成長、拡大を続けてきた国際交流団体の設立は、国際交流基金の調査によれば、91年~95年をピークに下降線をたどっている。

こうした暗転の背景にあるのは、「国際化」に対する国内世論の変化である。長引く経済不況にあって、廉価な外国製品の流入によって地場産業が受けた打撃、外国人がからんだ犯罪事件の増加、テロリズムへの恐怖等により、かつてプラスのイメージが強かった「国際化」はその輝きを失い、代わってグローバリゼーションの弊害が説かれ、偏狭なナショナリズムが鎌首をもたげつつある。国際交流・協力に積極的な人々と、国際交流・協力に無関心あるいは反発する人々、という二極分化、「国際交流ディバイド」現象が日本のなかで進行しているのではないかという危惧を語る人もいるくらいだ。

強固になったセクターの一体感

「このままでは日本の国際交流・協力は先細りになる」という危機感が、国際交流・協力セクターの結集を促した。第1回全国会議の実行委員長であった毛受敏浩氏は、「これまでにない新しい試みを成立させるためには、越えなければならない3つの壁があった」という。

第1の壁は「国際交流と国際協力の壁」。国際交流・協力団体の細分化、専門化が進み、国際交流・協力の担い手のあいだでの一体感が失われつつあったことである。第2の壁は「官民の壁」。政府系機関と地域の国際交流協会職員、NPOスタッフとのあいだの意識の壁である。第3の壁は「政府系機関間の壁」。国際協力機構、国際協力銀行、国際交流基金、自治体国際化協会の政府系4機関の職員のあいだに存在する組織の壁である。実行委員になったNPOスタッフに、地域国際交流協会、政府系機関職員が呼応し、人の輪が大きくなっていくことで、これら3つの壁は乗り越えられていった。

第2回会議では、第1回参加団体のうち第2回も参加した団体が47団体。第2回から新たに参加した団体が32団体あり、地域の国際交流・協力の実践者のネットワークが着実に拡がりつつあることを実感させる。また、国際協力機構、国際協力銀行、国際交流基金、自治体国際化協会の政府系機関から27名の職員が参加し、さらに国際協力機構が各地方に配置する国際協力推進員38名が、今回の会議において話し合いの牽引車として重要な役割を果たした。昨年芽生えた国際交流・協力実践者の、セクターとしての一体感は確実に強固なものとなりつつある。

問われる存在意義

国際交流協会の「生き残り」をかけた模索のなかで、小手先細工ではなく根源的に国際交流協会の役割を問うべきだという認識から、「地域社会の発展における国際交流・協力活動の再定義」というテーマが設定されたわけである。

私は最近、ある大学で「国際交流論」の講座をもち、外交、文化振興、地域振興の観点から国際交流の重要性を論じたが、学生の一人が、「今まで、国際交流というのは、年に1回、自治体がやるお祭りで、屋台でエスニック料理を食べたり、民族衣装を試着したりする『お遊び』。楽しいけれど、無くても自分には別に困らないもの、くらいに思っていた」と、発言したことが強く印象に残っている。まさしくこの学生が抱いていたような「国際交流イメージ」が地域住民や自治体の認識の主流であるがゆえに、地域の国際交流協会不要論が台頭してくるのだ。たえまなく変化している地域社会のなかで、地域に根ざした国際交流・協力のニーズとは何なのか、国際交流協会が果たすべき役割とは何なのか、が問われるゆえんである。

第2回全国会議の実行委員長である有田典代氏は、国際交流協会の役割を再定義するにあたって、「自分たちがめざす社会はどのようなものであるか」という社会的な将来像と、「そのために自分たちは何をなすべきか」「協会自身はどのようになっていくのか」という組織的な将来像の両方を明確にしなければならない、自分たちがやりたいことをするのではなく、めざす社会の実現のために、社会が必要としていること、協会として取り組むべきことを考えなければならない、と問題提起した。こうした問いかけに対する真摯な模索の先に、「国際交流協会は地域にとってなくてはならないもの」という認識が地域社会に根付いていくのであろう。

 

NPOジャーナル VOL.8 2005年1月掲載)

 

 

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