「『国際財』の真の価値こそ世界に発信しよう」 理事長 小倉和夫

 

几帳の写真

几帳 
二陪織物 臥蝶丸
2004年、無形文化財保持者である喜多川俵二氏より
国際交流基金に寄贈されました。

ポーランドがEU加盟を果たした数日後、ワルシャワで開かれた三極委員会(トライラテラル・コミッション)の夕食会で、ワレサ元大統領は熱っぽく加盟の歴史的意味を説いた。またカール・ビルド元スウェーデン首相は、「いまや国家は、主権云々といった権利だけではなく、主権にともなう国際的責任をもたなければならず、国家主権によってのみ国家が成立すると言う考えは、もう古い」と断言したが、さしたる反発は起こらなかったのであった。

そして、ヨーロッパ人のみならず、会合に出席していたアメリカ人の口からも、国益などという言葉はまったく聞かれなかった。それどころか、国際貢献や国際交流といった概念すらほとんど口に上らなかった。米欧対立がささやかれるなかで、実は、彼らは、国境なき世界における世界的秩序の構築のあり方を議論していた。そこには、国という概念はほとんどなく、世界、あるいは、国際社会という言葉しかなかったと言ってよい。

そんななかで日本では、最近また「国益」という言葉がしばしば聞かれる。しかもそれが、国際貢献や国際交流の重要性といったことへの一種の反発を帯びて語られる。もっと始末が悪いのは、国益論が市民社会との表面的な連帯を意識して、パブリック・ディプロマシーとかソフト・パワーと言った概念と組み合わされて論じられることである。こうした傾向は、ソフト・パワー論やパブリック・ディプロマシー論が、実は米国の軍事力によるヘゲモニーの確立、あるいは、いわゆる一極支配構造の定着化とともに出現してきた背景をまったく無視しているのだ。

たしかに、国際世論に直接訴えることがますます重要になっている現代において、文化は広報の手段とみなされ、国の影響力を強める力とみなされる。しかし、この公式を日本に当てはめ、「わが国のソフト・パワーを活用し、パブリック・ディプロマシーを展開せよ。それこそが、国益を守る有効な方法である」と言われれば、首をかしげざるをえない。

依然として、日本外交の目標は、特定の価値や利益の実現よりも、日本のイメージの改善といったところにおかれてはいないか。そして、そうした受動的外交姿勢が、逆に、一部の国民の間に、国益論を言い出す感情を醸成してはいないか。そうした点はさておくとしても、国益論を文化外交との関連で主張するのは、もはや、かなりの程度時代遅れなのである。(『中央公論』(2004年10月号)より)

 

 

 

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