ナスィール・シャンマ日本公演に寄せる思い

 

ナスィール・シャンマ氏の写真

2004年11月23日から12月4日まで、JFの招聘でイラク人ウード奏者ナスィール・シャンマ率いるアラブ音楽グループが来日し、長崎、広島、東京でコンサートを行った。4500年の歴史を持つウードという楽器(日本の琵琶の原型)で、間違いなく当代一の演奏家と思われるナスィールは、アラブ世界では誰もが知っているアーティストだ。日本ではほとんど無名で、今回が初来日だ。当初はどれだけの観客が集まるか危惧されたが、「イラクで育まれた深遠な癒しの音楽」とサブタイトルを付けたコンサートは、どこの会場でも立ち見が出る盛況ぶりで、終演後はスタンディング・オベーションとなり熱狂的な反響だった。イラクで生まれ、歴史に翻弄されながらも現在はエジプトを拠点に世界的に活躍する彼の生い立ちや、アラブ音楽世界における彼の位置づけについては別の稿を参照していただくとして、ここでは、今回の招聘公演に寄せる思いというものを書き留めておきたい。
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幸運にも恵まれて、今までにもいくつか重要な仕事に巡り会えたが、今回ほどいま自分がいる場所や、文化交流という仕事を通して一体自分が何をしたいのかといったことを確認できたことはなかった。今でも思うが、この仕事は自分にとって、やらなくてはならないこと・・・・・・だった。なぜなら、JFというところでは、目に見えない無数のアンテナが世界に向かって伸びていて、私たちは想像力さえ働かせればいつだってそのアンテナを使って世界とつながることができる・・・・・・けれども、逆にそんな場所にいるからこそ、時にはどうしてもやらなくてはならないこともある、という思いがあるからだ。

ナスィールの日本公演を企画しようと決めたのは、今年の6月になってからだ。先ごろ実施したバグダッドのアル・ムルワッス劇団の招聘公演(タイニイアリスとの共催)とともに、できるだけ早く実施したいという思いから急遽決定した。別に誰かから強制されたわけではない。いずれも別々に相談のあったものを、どうしてもやりたくなったのである。準備期間は半年と短い。でもなんとかなる。なんとかしよう、そう思うに至ったのには理由がある。もちろんイラク戦争のこと、そして自衛隊の派兵のことである。

イラク戦争と自衛隊派兵については個人的には反対だ。ただ反対とは言ってもアメリカ大使館や首相官邸の前でデモに参加して声を張り上げているわけでもないし、私が反対しようがしまいが事実は着々と前に進んでいる。けれども自分の頭を離れないのは、JFで仕事をしていて、舞台芸術というジャンルではあるが、たまたまとはいえ「中東担当」であるという事実。まあ正直言って、私にとってはそうした状況は「待ったなし」ということなのである。イラク戦争に反対の気持ちを持っていても声高に反対を叫べなかった、いや叫ばなかった・・・・・・であるならば、自分の仕事を通じて、争うためのメッセージとはまったく異なるメッセージを伝えたい・・。その想いはどうにも止めることのできないものだった。

 そんな想いで始めた仕事ではあったが、ナスィールたちとともに過ごした10日間は、本当に素敵な日々だった。来日後の記者会見で、「日本はアメリカの戦争に賛成してイラクに派兵しているがどう思うか」という意地悪な質問に対して彼は、「それは国としてアメリカの圧力に抗し切れなかっただけだろう。日本人はわたしたちにとても大切で友好的な人々だと思っている」と語った。誠実で繊細なナスィールのこと、きっと本心だろう。この言葉を聞いて私は、力がスーッと全身から抜けてゆくように感じた。

 その後は長崎、広島とまるで巡礼のように原爆関連の施設を訪れ、コンサートでは求道者のように「広島の苦痛」や「禎子にささげる歌」、そして湾岸戦争の際に多くの犠牲者を出した誤爆事件をモチーフとした「アル・アミリーヤで起きたこと」などを演奏した。これら珠玉のようなソロ作品と、8人の楽団によるアラブの香り高い合奏曲の数々は、会場を埋め尽くした観客を完全に魅了した。

 それにしても、どうしてここまで熱く支持されたのだろうか? もちろんナスィールの芸術性、そのレベルの高さは言うに及ばない。でもそれだけなのか。今では確信しているが、きっと彼の音楽は私たちが必要としているものだからなのだ。潜在意識のなかでは空気や水などと同様に生きるために必要なもの、それがふっと突然目の前に現れた。そのあまりの唐突さと、その浸透力に驚いて、みな惜しみなくただただ拍手を送ったのではないだろうか。

 コンサート会場の熱狂が最高潮に達し、演奏家と観客が一体となっている時こそ、私にとっては至福の時間だ。それは私が、この場所で、「世界につながっている」と確認できる一瞬だから。

 

 

 

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