日本語を話す大使たち 日本経済新聞夕刊「あすへの話題」より

 

「日本語を話す大使たち」

1990年10カ国、最盛期には13カ国、そして現在7カ国 ―― これは、東京に在勤する外国大使のうち日本語を話すことのできる大使の数である。「平成会」という名の「日本語を話す大使の会」を90年に結成したサイード駐日スーダン大使は、「7カ国といっても、実は6.5カ国かもしれない」と冗談を言いながらも、日本語を話す大使の数が減ったことを嘆いた。
1974年12月、サイード大使はサウジアラビアで「現代社会の中での青年の役割について」のシンポジウムに参加したが、その時の韓国の代表は年配者で、韓国語と日本語しかできず、サイード大使が韓国人の日本語をアラビア語に訳してあげたという(ここでは日本語が国際的な公共財になっている)。また、パリの国際機関である経済協力開発機構で英語と仏語の同時通訳をしていたチェコの婦人は、ひょんなことから日本語の初級の授業を受けて、今まで判りにくかった日本人の英語が初めて判るようになったそうだ(ここでは、日本語は日本人の精神構造を体現した文化財となっている)。ちなみに、サイード大使に「日本語を話す大使の会」を結成した理由は何と尋ねると、「それは、日本語を日本人から解放するためです」という答えが返ってきた。してみると、その解放運動を完成させるためには、在京の全大使に日本語をしゃべってもらう運動をせねばならぬ。それはちょっと困難だ、と言うのなら、せめて外務省は゛アグレマン(大使承認)”を出す時に、「すいません、私は日本語を話しません」という日本語だけは話せることを条件にしてはどうか。
「あすへの話題」(2004年9月8日「日本経済新聞」夕刊掲載)

 

 

 

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