6人の椿姫 「信濃毎日新聞」夕刊「今日の視角」より

 

「6人の椿姫」

「私の愛するアルフレード、受けとってね、この私のポートレートを」。そう言って死んでいくヴィオレッタ。

久しぶりにヴェルディのオペラ「ラ・トラヴィアータ(椿姫)」を新国立劇場で見た。オペラの最後のシーンを鑑賞しながら、あらためてオペラの源となった小説、デュマ・フィスの『椿姫』の終わりを想った。

恋人に自らの墓を暴かれ、みにくい骸骨をさらさなければならなかった小説『椿姫』の主人公マルグリットは、屈辱と絶望の中に死んでいった。この小説が戯曲になり、さらに変型されてオペラになったわけだから、椿姫は三人いたことになる。ところがデュマ・フィスは、小説を書くにあたって、現実に自分の恋の相手であったマリー・デュプレシスをモデルにした。パリはモンマルトルの墓地にある花飾りのついたマリーの墓は、与謝野晶子はじめ日本の文人がよく訪れた場所だ。

加えて、ヴェルディは、オペラを作曲するにあたって、ちょうどヴィオレッタのように奔放な男性遍歴の持ち主で、世間から白眼視されていた自分の恋人ジュゼピーナを頭に描いていたと言われる。ヴィオレッタもマルグリットも、華やかなドミ・モンド(花柳界)の生活を送る身でありながら、またそれ故に世間の偏見と白い眼に耐えねばならなかったとすれば、最後には正式に妻として迎えた愛するジュゼピーナへの世間の仕打ちに対するヴェルディの怒りと哀感が、「ラ・トラヴィアータ」に流れているようにも思える。

このように、デュマ・フィス原作『椿姫』には、多くの人が自分の恋の体験を重ねた。横光利一の『旅愁』の主人公、矢代と千鶴子も、その例である。してみると、実は六人目の「椿姫」がいるのではないか。それは、オペラを見る観客の心の中に宿る過去の恋の想い出の人としての「椿姫」である。オペラを見ながら観客は自らの過去の恋人の姿を二重写しに思い浮かべるのではないか。その話をしたら、あるフランスの友人は言った。「そう。でも僕の心の中に残っている過去の恋人は、六人はいるね」と。
「今日の視角」(2004年12月13日「信濃毎日新聞」夕刊掲載)

「呼称も演出?」

「これからは“部長”とか“課長”とか呼ばず、“さん”付けでやろう」―。そう提案すると、ある課長から「しかし、貴方は一生に一度くらい課長と呼ばれたい人の気持ちを考えたことがあるか」と言われて躊躇った記憶がある。

概して、日本社会は他の国と比較すると肩書を使いすぎる。特に職場以外での呼名を社会全体としてもう少し考えるべきだろう。

呼称の問題は国際社会ではもっと複雑だ。

インド大陸の人には「閣下」をやたらと使いたがる人もいるし、フランスのように共和国といいながら、依然として引き続き貴族の称号を用いている例もある。逆に、アメリカ人のように名前(ファーストネーム)以外で人を呼ぶのは、よそよそしいと思い込んでいる国民もいる。

また、姓と名の順序もややこしい。東洋人でなくても姓を先にする国(例えばハンガリー)もあれば、姓でなく名にミスターを付けて通用する国(例えばベトナムの「ミスター・キィエット」。キィエットは名に当たる)もある。そうかと思うと、韓国では「ミスター・リー」とか「ミス・キム」というと、命令調になることもあって嫌がられる。あまり考えすぎると、にっちもさっちも行かないので、呼びかけは一種の「演出」だから時と場所と相手次第で、こちらが政治的に判断すればよいのだという考え方もある。現に、首脳同士の呼びかけにしても、ファーストネームで呼び合う親しい間柄といったことがよく強調されるのは、まさに呼び方が政治的演出に使われている良い例だ。

しかし皮肉なことに、アメリカの大統領との関係だけがファーストネーム云々と喧伝されるのはどうした訳か。英語のファーストネームで呼び合うのもよいが、一番近い隣国の中国や韓国の首脳と“君呼ばわり”で親密に語り合うことがあまりないように見えるのは妙だ。「老胡(ラオ・フー)」「純ちゃん」などと日中両国の首脳が呼び合える日はいつ来るのだろうか。
「今日の視角」(2004年12月6日「信濃毎日新聞」夕刊掲載)

「平和と微笑」

平和とは何だろうか。 第一に紛争や戦争が無いこと、第二に貧困や飢餓がないこと、―― この二つが、通常平和の条件とされることが多い。ところが、9・11の多発テロ事件以後、平和はテロリストに対する正義の戦いによって実現する、すなわち、平和は正義が貫徹され勝利を得た状況である、との考え方が世界に広まっている。テロ行為の根底を成す原理主義的な思想や反アメリカニズムに挑戦して、正義の戦いに勝たないと平和とは言えない、「正義こそ平和」と主張する人々はそう考える。

他方、豊かな社会になっても格差や差別が存在すれば平和ではないとして、貧困に対する戦いに勝つことこそ、真の平和への道だと言う人もいる。さらには、平和の最も大切な要素は、貧しくとも人々が仲良く暮らし、温かい人間関係を営んでいることだという人たちもいる。カンボジアの貧しい農村で埃まみれになり、着のみ着のままで走っている子供たちの目が、東京やパリやニューヨークの子供たちの目より美しく澄み、顔にはいつも微笑みが浮かんでいることに感銘を受けて、貧しさの克服よりももっと大切なことは人間関係の温かい価値を守ることであり、これこそ平和だと考える人たちもいる。

その話をすると、イン・キエット・駐日カンボジア大使夫人は、柔和な顔を一瞬引き締めて言った。「カンボジアの貧しい人たちは、心に大きな苦痛を抱いているから、笑顔を絶やさないのですよ。笑うことによってのみ、苦しさを耐えることができるという点を忘れないでください。顔をしかめたり泣くことのできる人はゆとりのある人たちだけですよ」

真の平和は、正義の女神の笑いや、貧しい人々の清らかな笑いのさらに奥に隠れたものなのかもしれない。別れ際にイン・キエット夫人は、優雅に両手を合わせて合掌し、軽く頭を下げながら呟いた。「苦しみに耐え抜いて幸せを得た時の笑顔はまた一味違いますね」。思わず夫人の目の中をのぞき込むと、そこには苦しみも月並みの幸せをも超えたような静かな微笑みの光が見えた。
「今日の視角」(2004年11月24日「信濃毎日新聞」夕刊掲載)

 

 

 

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