日中韓次世代リーダーフォーラム

 

日本での討論の写真

日本での討論の様子

困難を乗り越えて実施された今年度のフォーラムでは、地域の安定的発展への思いを 共有する参加者の間で、率直かつ熱心な議論が交わされた。 相互の信頼感の第一歩が築かれたといえよう。

2005年7月17日(日)から27日(水)にかけて、「日中韓次世代リーダーフォーラム2005」を開催した。

このフォーラムは、北東アジア3カ国において、安定した関係を発展させるために、各国の若手リーダー層の間に信頼関係をもとにしたネットワークを構築することをめざし、2002年に始められた。

参加者は、各国の政界、官界、学界、ビジネス界、メディア業界から選ばれた若手リーダーである。全員が、約10日間かけて日中韓3カ国を巡り、ディスカッション、有識者との意見交換、視察などを重ねることで、お互いの国の理解を深めると同時に、個人的な信頼関係を築こうとするものである。

3回目となる今年のフォーラムは、北京で始まり、その後参加者14名は岐阜市に移動し、最後に光州市(韓国)を訪問して全日程を終えた。

プログラム総括   一番厳しい時期の開催

このフォーラムは、この地域を安定的に発展させたいと願う3カ国の参加者の熱意がなければ成立しない。3回の実施に携わった担当者として感じることは、10日程度という非常に短い時間ではあるものの、相手のことを知りたい、相手となんとか協力したい、という参加者の共通の思いが、様々な障害を克服し連帯感を生みだしているということである。さらに、そのような思いがあれば、たとえ政治的に、国民感情的にわだかまりがあるとしても、対話は可能であり、その結果として信頼は生まれうるともいえるだろう。

今回は、2005年が日本の第二次世界大戦敗戦60周年という記念の年であることに加え、韓国では竹島問題をきっかけとして反日感情が噴き出し、また中国では激しい反日デモが繰り広げられ、日本と両国の関係悪化が取りざたされているという現実があった。そのため、歴史問題に関して韓国や中国側と激しい議論が交わされることが想像された。

フォーラムが始まる前の事前打ち合わせでは、今回の参加者にアドバイスを求められた過去の参加者から、「一番厳しい時期に参加することになりましたねえ」と、同情の声があがるほどだった。

ところが今回のフォーラムが始まってみると、出会って最初のディスカッションでこそ、小泉首相の靖国神社参拝に関しての議論が続いたものの、決して非難の応酬とはならず、それぞれが、それぞれの意見を尊重する姿勢で、スムーズにスタートした。

その後の討論でも、エネルギー問題や北朝鮮を巡る問題など微妙な話題についても率直な議論が行われ参加者のこのような姿勢は、フォーラムが終わるまで変わらなかった。

以下、具体的な様子をお伝えしたい。

プログラムの経過   終始白熱した議論

プログラムは、北京で開始された。まずは参加者同士が理解を深めるためのディスカッションが行われた。この討論は非公開で、内容も公開しないことを前提としているため、個々の率直な意見が出て、過去にも時には激論となることがあったが、今回は終始白熱した議論が繰り広げられた。

参加者の間で、「政治問題は次の訪問地である日本で議論することとして、中国では社会問題・文化交流について議論しよう」といったんは合意していた。しかし、「韓国と中国では反日感情が強い」という話題が避けられなかったことから、議論はすぐに小泉首相の靖国神社参拝問題へと集中した。靖国神社については、韓国・中国側の理解が足りなかったり、参拝に対する解釈が韓国・中国の参加者と日本参加者との間で違っていたりで、議論がかみ合ったとはいえない。それでも、それぞれの意見を率直に交わし合うことで、立場の違いを認め合うに至った。

振り返ってみると、この最初のディスカッションで、率直に話し合う雰囲気を共有できたことが、今回のフォーラムの成功にとって重要だったことがわかる。「言いたいことを言っても聞いてくれる」とお互いに思うことで、信頼感の第一歩が築かれたといえよう。

その後の日程は、北京で生まれた信頼感をもとに進められた。昼間は、有力者や企業の視察、有識者の講義を受け、ディスカッションを行い、夜は酒屋で、お互いについて、各国の社会について理解を深めていった。

その結果として、最終訪問地である韓国・光州では、このフォーラムで参加者が話し合ったことをもとに共同で「プログレス・レポート」を作成するに至った。このレポートは、今回の参加者が、北東アジア地域を安定させるために必要だと考えることをまとめている。議論では意見の違いもいろいろあったが、これをまとめるにはそう時間はかからなかった。お互いへの信頼感があったからこそ可能だった。

実現までの道のり  危ぶまれた実施

このように成果がみられた一方で、フォーラムを実施するにあたっては、困難やトラブルもたくさんあった。

もっとも大きな困難は、実施直前になって、予定していた中国の共催機関が「現在の日中関係を考えると、中国で参加者を集めることも、中国で実施することも難しい」と言ってきたのである。これを韓国の共催機関に伝えると、韓国側からも「今年はやめたほうがいいのでは」という反応がかえってきた。

後に、中国側の担当者にやる気がなかったことが一番の問題だったことがわかったが、当時の我々としては「こういう難しいときだからこそ、このような事業は必要だ」という強い意志を韓国と中国に伝え、実施を促した。それでも中国の機関は態度を変えず、結局は共催を降りることになった。実施2ヶ月前のことである。韓国側もますます消極的になっていった。

韓国側が事業の実施に不安を感じているため、今年度の開催を主張する我々が、中国で代わりの共催機関を見つけなければならなかった。いくつかの候補を考え接触した。その一方で、時期が迫ってきたため、実施を前提にジャパンファウンデーションの北京事務所を中心に、ホテルの手配、移動の手配、中国の研究者との意見交換会、レセプションなどの手配を進めた。いくら北京事務所の力を借りているとはいえ、日本での活動も準備しながら、中国で相手を求めて交渉を進めるというのは、担当者として大きなプレッシャーだった。

参加者の選定、ハイレベルな指導者との会見、産業視察、中国入国査証の手配などには、どうしても中国側の共催者あるいは協力者が必要だった。

接触したある機関で、担当者が非常に興味を持ってくれ、協力を検討してくれるというので、結果を待ったが、結局は、「対応できない」という答えだった。先方も忙しく、今回のフォーラムの話はあまりにも急なことだからだという。

韓国側がより消極的になることを恐れ、韓国にはこのことを伝えなかった。実施の1ヶ月前になっていた。

いよいよ切羽詰まってきた。そこで、以前接触した際に興味は持ってくれたものの、行事がたてこんでいるために関与が難しいと言われたところに、再度話を持ちかけてみた。一応検討してくれるとのことだったが、半分あきらめて次善策を考えていたときに、「共催する」との返事があった。

救われた思いであった。結局新しい協力機関には、我々では困難なことを最低限お願いすることとし、その他の手配は我々が行った。それでも、中国に共催者がいるということで、落ち着いて準備ができることになった。

フォーラムの教訓  困難を乗り越えて生まれる新たな関係

2005年4月に中国で反日デモの騒動があり、「その影響はない」と自分たちに言い聞かせても、どこかでフォーラム実施への影響を心配していた。そんななか、共催を予定していた中国の組織が「現在の日中関係では実施が難しい」という理由で共催を降りたため、「日中間の交流はやはり難しいのかもしれない」と自信を失いかけたこともあった。しかし、新たな相手を探し始め、いくつかの機関と接触をしてみると、そのような消極的な意見はどこからも聞かれなかった。むしろ非常に関心を持ち、「重要なプロジェクトである」という反応ばかりであり、結果として「中華全国青年連合会」という、かつて胡錦涛国家主席がトップを勤めたことのある有力な機関と共催できることとなった。

このように実施が危ぶまれるほどの危機にみまわれたが、困難に対応する中、このような対話事業、ネットワーク構築事業が、参加国からも高く評価されることを、はからずも知ることができた。しかも日中関係がぎくしゃくしていることを憂い、なんとかよくしようと一緒に努力してくれる人が、中国にも多数いることを発見できた。対応に追われ大変だったが、それ以上に大きなものが得られたと感じている。

この経験で思うのは、トラブルがあっても、希望が少しでもある限りあきらめないのが大事だということ。わずかな希望しかなくても、それを大きくしていくための粘り強さが、そのあとの好結果をもたらす。たとえそうならなくても、次につながる経験とすることができると感じた。

今回、韓国でのディスカッション時に参加者の一人から、このフォーラムの「同窓会」結成の提案があった。事務局としてはいずれ結成したいと考えてはいたが、参加者から自発的に同窓会結成の提案があったことは、このプロジェクトに対する参加者の肯定的な評価と受けとめることができる。

過去の参加者の中には、フォーラムがきっかけで、韓国語学習を始め、頻繁に韓国を訪れるようになった人がいる。また、今回、韓国での日程に参加してくれた過去の参加者もいる。今後、何らかのかたちで同窓会が立ち上がれば、ネットワークを縦横につなぐ役割をしてもらえるとともに、このフォーラムを様々な形で支援してもらえることになるだろう。

このフォーラムは、この地域の国際関係に影響されたり、実施体制がまだ確立されていないといった困難を抱えている。しかしだからこそ、今後20~30年続けていきこの地域の絆づくりに貢献したいと考えている。今後の発展が楽しみである。

結び  このフォーラムの特徴

このフォーラムにはユニークな点がある。まず、参加者がわずか10日程の期間に、日中韓の3カ国を巡り、共同生活をすることである。政界、メディア、研究者がともに参加する合宿型の会議は他にも例があるが、参加者の母国を一度にすべて訪れる会議は、他にないと思われる。

参加要件としては、参加国いずれかの専門家であることは要求していない。むしろ、これまでこの地域を専門としてない人の参加を奨励している。そのため、参加者にとっては、初めての訪日、訪韓、訪中であるということが多い。初めて訪れる国で、直接有識者と意見交換することで、その国への理解を深め、印象深い体験を共有することができる。

また、このフォーラムは、参加者の主体的な参加に支えられている。事務局からは「ホスト国としてリードしてほしい」とだけお願いしているが、参加者は自ら進んで、ディスカッションにおける司会や視察における説明、飲み屋やカラオケの手配、場合によっては経費負担までしてくれる。

さらに、3カ国の共催機関は、業務分担・経費負担を対等に行うことにしている。各国からの参加者の選定とホスト国としての各国での受け入れは、各国の機関が担当する。全体の日程は、3機関が協力して作り上げるのが原則となっている。

正直なところ、何度も協議を重ねているにもかかわらず、事業の細かい点については、それぞれの思惑が統一できていない部分もある。その意味では、この事業は参加者のネットワーク作りが主目的でありながら、実は、共催3機関がいかに協力しよいネットワークを作れるかということも、重要な課題となっている。

ただ、三機関はフォーラムの実施を積み重ねていくにつれて、このプロジェクトが重要であるという認識を強めている。また、いろいろ困難はあっても、この事業をよりよいものにしたい、長く継続していきたいという共通の思いが、この事業の原動力となっている。

この意味でこのプロジェクトは、共催機関同士の交流強化自体がこのプロジェクトのもう一つの柱となっている点でもユニークである。今後も連携を強化しながら、この地域の絆を面に広げていく努力を続けていきたいと思っている。

 

 

ページトップへ戻る