アカペラグループ INSPi インドネシア公演

 

INSPi インドネシア公演の写真1

©HARISINTHU

今年2月、日本文化紹介ツアーでインドネシア3都市を訪れた
INSPiのコンサートの模様をレポート。

 

「ありえない」メンバーがそう感じるような反応に会場は沸いていた。6人のメンバーの歌声だけが響くなか、それまで椅子によりかかっていた観客が、しだいに身を乗り出してくる。曲が終わるのを待たずに入る大きな拍手――日本では経験したことがないような反響だ。

続いて、リーダーの大倉さんがこの日のために書いた曲「ココロの根っこ」をインドネシア語を交えて歌いはじめると、さらにレスポンスが大きくなる。1フレーズごとに拍手、そしてあいづち。「目がうなずいている」この歌にこめた想いが伝わったと実感した瞬間だった。

「僕たちは、コミュニケーションのとき、言葉は大事と思うけれど、もっと大切なのは、(音楽に)込めている気持ちなのではないか。僕は、日本人としての感性で歌を書いている、でもこれがインドネシア人に通じるはずだと思って歌にした」と大倉さんはこの歌に込めた思いを語る。

インドネシアのほぼ中央にあるスラウェシ島。今年2月、この島の南スラウェシ州都マカッサルからアカペラグループINSPiのインドネシア3都市日本文化紹介ツアーは始まった。INSPiにとって、2003年秋のJ-ASEAN POP’sコンサート以来、2回目のインドネシア。ジャパンファウンデーションが主催する本ツアーの目的は、さらなる積極的な交流の足がかりをつくることだ。

前回のコンサート全般に対するインドネシア人の反響はよかったとはいえ、この日市民ホールに集まったのは、INSPiの音楽を聞いたことがない若者たちだ。会場をうめ尽くした約600人の観客に、「果たして自分たちは受け入れられるのかーー」。 が、観客の反応をみて、メンバーのそんな不安はすぐに打ち消された。

「上手に歌うことだけに専念するのでなく、見てくれて、返してくれる人がいて初めてライブが完結するということが、インドネシアにいって確認できたし、それができたことが自分たちへの音楽への自信にもなってくる」と大倉さんは言う。

翌日の地元紙プドマン・ラヤットは「INSPiマカッサルのアカペラ・ファンを陶酔させる」という見出しで、記事を一面に掲載。「ボーカルとダイナミックな動き」の日本からきたグループを「非常に親しみやすい」と賞賛した。

 

INSPi インドネシア公演の写真2

©HARISINTHU

今回のツアーで印象の大きかったことのひとつに、INSPiは現地のアカペラグループとの共演をあげる。「パフォーマンスの裏に伝統を感じ、ショッキングだった」という北さん。訪れた3都市すべてで、異なるルーツをもったアーチストとインドネシア有名なスタンダード曲「ブンガワンソロ」を歌った。

特に印象的だったというのは、ジョグジャカルタでの共演者、「マタラマン」だ。インドネシアの音楽であるケチャやガムランをアカペラに置きかえているグループだ。

異なるルーツを持つ音楽とのセッションは困難だが、逆にそれだけ一緒にやる面白さがある。マタラマンの音楽は、奥村さんいわく、楽譜がないだけでなく、ここでこの音を入れるという概念もなく、いまやと自分が思ったら音を発するようなスタイル。ビートも、「こちらがどうしよう」と思うくらい違っていた。 

しかし、不思議なもので、ひとつのものをつくりあげようという方向にみんなが向いていたら、勝手に合ってきたという。マタラマンと一緒に、1番をINSPiバージョンで、2番をマタラマンのバージョンで歌うとそれがまったく違う曲になった。後者のバージョンの方がのれて、断然面白かったという。

共演したグループは、そのルーツとしているものが宗教だったり、ポップだったり、伝統音楽だったりと幅広い。その風土に育ったから生まれてくるセンスに感動したという大倉さんは、「ぼくらも、日本の童謡をアカペラで歌っているが、まだもっと深く知ってやらないとだめだなと気づかされた」と言う。

音楽を通じ異文化との出会いを楽しんだのは、観客も同様だったようだ。「このようなコンサートを通じて、市民はもっと日本のことを知りたくなると思う。日本文化を知るためにもこのような企画を続けてほしい」。「コラボレーションは、日本とインドネシアの文化交流の可能性を大きく高めるものですごくよかったと思う」。さらには、「メンバーのインドネシア語は、詰まりながらだったが、すごく親しみを覚えた」などの声が寄せられた。

アカペラは楽器が入らないというシンプルさゆえに、日本でさえひとつのショーをあきさせずに終えるのは難しい。それゆえ言葉も違う観客に向けてどんな内容にすればいいか、悩みも大きかったという。

「(今回の反響をみて)言葉だけじゃなくて、音楽のもつ力をわかりやすく感じられた。それは、ちょっと、日本で忘れていたことだな、と反省する面でもある」とベースボーカルの塚田さんは公演を振り返る。

 

INSPi インドネシア公演の写真3

©HARISINTHU

コンサートの合間をぬって、INSPiのメンバーは、ジャカルタのストリートチルドレンのための芸術教育施設を訪れ歌を披露した。またジャカルタ芸術大学とインドネシア芸術大学では、ワークショップを行い和音を重視する日本のアカペラを伝授した。真剣な面持ちで数時間の授業を受けた学生たちは、見事に日本のスタンダード曲「スキヤキ」をマスター。発表会(写真)でセッションを終えた。

INSPiの結成は、1997年に旗揚げした大阪大学のアカペラサークルに遡る。以来、カバー曲ではなくオリジナル曲を歌うことにこだわりつつ、ライブを中心に活動を続けている。

公演は、スマトラ沖地震で、インドネシア、特にアチェ地方が壊滅的な打撃を受けてからまだ日も浅い2月上旬に行われた。「インドネシアに行って、歌を歌っている場合だろうか」という迷いもあった。そこで、メンバーは各コンサートでは「津波で心の傷を負っている人も多い、むしろこういうときだからこそ、歌を聴いて少しでも元気になってほしいと思ってきました」と必ず伝えるようにした。そう、「詰まりながら」のインドネシア語で。

この判断は間違っていなかったようだ。何よりも圧倒的な声は、「Excellent!(最高)」「このようなコンサートをもっと頻繁に実施してほしい」というものだったのだから。

心残りは、当初ツアーに予定されていたが津波の影響で中止になったメダン(スマトラ島)でのコンサートだ。「メダンに行くまでは、このツアーは終わらない」帰国後のメンバーの合言葉だ。

 

 

 

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