日系アメリカ人の決意 国際交流基金理事長 小倉和夫

 

アイリーン・ヒラノ女史、 透みきった瞳にどこか鋭く、また切なに人の心を読もうとするような光りを宿す眼、そして、人懐っこい微笑の陰にさらりと感じられる固い決意を秘めた面差し。

第二次大戦中の日系アメリカ人への迫害と強奪の歴史を記録した博物館の館長であるヒラノ女史と久しぶりに語り合う機会を持った。

考えて見ると、日系アメリカ人は、四重、五重の苦悩を背負って生きてきた。人種偏見に充ちたアメリカ社会、排日移民法を中止することもしなかったアメリカ政府、戦争中、同じアメリカ人でありながら日系と云うだけで財産を没収し、強制収容所へ送りこんではばからなかったアメリカと云う国、その一方で、日系移民をとかく見下すそぶりを見せる日本社会といざとなれば棄民同様に日系人を見捨てて戦争に突入してしまう日本政府。

こうした四重、五重の苦悩を乗り越えて今日、日系アメリカ人は、弁護士、裁判官、医者、コンサルタント、学者、芸術家と数多くの分野で活躍し、アメリカの中で最も成功した「マイノ少数リティ民族」と云われている。

しかし、その成功の故に、日系人は、新しい試練に立たされている。それは、自らの自己規定(アイデンティティ)の問題だ。

日本人と白人との結婚が増え、日系人が成功すればするほど、日系人の日系人たるゆえんは不明確になりがちである。

他方、若い日系三世、四世の心の中では、むしろ日本とのつながりの意味を真剣に考える人々が増えていると云う。

「アメリカ社会の人種偏見は、国全体が危機的状況に出会うと、噴水のように湧き上がりかねません。9.11のテロ事件の後、米国においてアラブ系の人々への差別や偏見が高まってきたことを憂いてこれに警告するアピールを日系人が行なったのも、かつて日系アメリカ人が体験したような悲劇が再びアメリカに起こってはならないと思うからです。」
そう云ったアイリーンの目は東も西も越えた遠い彼方をじっとみつめているかの様だった。

 

(2005年4月4日 信濃毎日新聞 夕刊掲載コラム「今日の視角」より)

 

∵アイリーン・ヒラノ全米日系人博物館館長がコーディネーターを務めた日系アメリカ人リーダーシップ・シンポジウムが3月7日(月)に神戸で開催されました。

 

 

 

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