マレーシアのこどもの思春期、知っていますか? 〜Dangerous Children

 

「1年の計は元旦にあり」といわれます。2005年の元旦、今年もたくさん芝居を見ることができることを祈り(?)、この日に幕が開いたMark Beau de Silva作/演出の「Dangerous Children」を観にいってきました。

12月26日に発生した津波の犠牲者のための黙祷で始まったこの芝居、主人公は2人の中学生の男の子です。とある男子校に転校してきたブーン。彼は、この学校が以前に通っていた学校と全く違う雰囲気であることにショックを受けます。ヒステリックな教師、セックスに興味津々の学生・・・。転校初日、戸惑うブーンに女性用下着のカタログを放り投げてよこしたエディーは、しかし、ブーンにとってこの学校で最初の友人になったのでした。エディーにつれられ、ブーンは様々な経験をします。サボり、万引き・・・。しかし、ブーンのある「裏切り」によって、二人の友情は砕け散ってしまうのです。

ペナン出身のMark Beau de Silvaは、2003年に発表した戯曲、「Stories for Amah」で大きな注目を集めるようになった若い劇作家です。2004年は3本もの作品を主にペナンで上演し、引き続き精力的に活動をおこなっています。彼が好んで用いるのは子供の視線。大人になった我々が失ってしまった、みずみずしい観点からの作品が特徴的です。

しかし、この作品で面白かったのは、芸術性よりも何よりも、マレーシアの思春期のこどもがどのような生活を送り、どのようなことを考えているのか、その一端が見られたことでした。主人公の一人、ブーンは日本で言えば典型的な優等生=ひ弱=いじめられっ子タイプなのに、なんだか堂々と受け答えしている。いじめっ子タイプのエディーも意外にブーンの言うことを聞く。先生にゴマばかりすっている生徒は当然疎まれますが、でもブーンもエディーも全く「シカト」するわけではない・・・。あまり、日本で見られるような「いじめ」の構図が出てこないのです。

その一方で、ブーンがあっさりエディーを裏切ってしまって、あんまり後ろめたい風でもない。思わず、「おいおい、そりゃないだろう」と言いたくなるようなドライさです。もちろん、内面には様々な葛藤があるわけで、それが描ききれていないという作品としての弱さがあることは事実です。でも、私には作品の出来云々ではなく、そこに描かれている「マレーシアの中学生」の姿が興味深かったのです。私の周りに座っていたマレーシア人の観客にはごく当たり前の情景なのかもしれませんが。

先日、私も参加しているマレーシア舞台技術者協会のプログラムとして、KL市内のインターナショナル・スクールで舞台技術のワークショップを開きました。様々な国籍の学生たちの反応が、一様に非常にアメリカ的であったのが印象的でした。また、昨年一時帰国した際に、劇作家/演出家である平田オリザさんが埼玉の中学校で実施した演劇ワークショップを見学させていただいたときには、中学生の反応はとても「日本」という感じがしました。やはり、教育環境は我々の深い部分での考え方や習慣に影響するのだなぁと実感しています。

考えてみると、日常、中学生くらいの年齢の子供たちと接する機会はほとんどありません。マレーシアの子供たちが何を考えているのか、直接聞く機会もありません。厚いカーテンに閉ざされた部屋の中を、ちょっと覗き込んだような気にさせてくれる芝居でした。

 

(コラム「Dangerous Children」『日馬プレス』第290号 1月15日より)

 

 

 

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