被爆国のメッセージ/固定観念を超える発見/日本語学習への支援/

被爆国のメッセージ

8月は鎮魂の季節。先の大戦で失われた膨大な命の重さをかみしめ、犠牲者の冥福を祈り、不戦の誓いを新たにする月である。この季節がめぐってくる度に、インドでの苦い記憶がよみがえってくる。

98年5月。私が国際交流基金の現地駐在員として赴任する直前に、インド政府は核実験を強行した。世界に核軍縮を訴えてきた日本政府及び国民は、直ちにインド政府に抗議し、経済援助を停止した。ところがニューデリーに赴任してみると、インドのメディアは日本の抗議をベタ記事程度にしか報道していなかった。それゆえ、インド国民の多くは、日本国民の怒り、失望の深さに気づいていなかった。

広島、長崎の原爆投下について、被爆者の願いとは全く正反対の方向で理解している市民グループまで存在した。彼らの主張はこうである。「多数の非戦闘員が犠牲になることを承知の上で、米国が広島、長崎に核攻撃を断行したのは、非西洋人種に対する人種差別、偏見が存在するからだ。超大国の横暴に対抗する自衛の手段として核は必要だ。」つまり、自国の核武装を正当化するために、広島、長崎が引きあいに出されていたのである。

広島、長崎の声は未だ世界に届いていない。自国の核政策に反対するインドの元大使が言っていた言葉を思い出す。「核武装する能力があるのに、あえて日本が核を選択しなかったのは、自らの被爆体験があるからだろう。これこそが、日本が世界に発信すべき最大のメッセージではないか。」

 

(公明新聞8月5日 コラム「にしひがし」掲載)

固定観念を超える発見

農村開発やストリートチルドレン支援などの活動を行っているNGO「シャプラニール」の駐在員として、妻がバングラデシュに赴任した。読者の皆さんはバングラデシュから何を思い浮かべるだろうか。国民の多くが1日1ドル以下の生活を強いられている最貧国の一つ。人口の爆発的増加。たび重なる洪水、サイクロン。地下水のヒ素汚染…。
 
ところが、である。妻が電子メールで現地から送ってくる情報は、意外なものだった。首都ダッカにはモノがなんでもあって、あちこちにあるスーパーマーケットでは週末買い物客でにぎわっているというのだ。それに新しいマンションの建築ラッシュ。たしかに路上の物乞いやストリートチルドレンは多いが、それでも以前と比べると減ったという声もあるそうだ。貧しさのなかにも変化が生まれているのである。

変化は物質的な面だけではない。文化においても新しい風が吹き始めているらしい。都市部の若者たちのあいだで、アンダーグラウンド・バンドと呼ばれるバンドブームがおきているのだそうだ。といっても政治的なメッセージや煽動があるわけではなく、失恋や挫折といった、どこの国の若者にも通じる繊細な叙情を歌ったものが多い。バングラデシュにも桑田佳祐、スピッツが存在したのだ!かの国が少し近づいたような気がした。

遠い異国について、我々は限られた報道や予断から固定観念を抱きがちだ。こうした固定観念を越える新しい発見を大切にしたい。

 

(公明新聞7月8日 コラム「にしひがし」掲載)

日本語学習への支援

さる4月インドで会談した小泉首相とマンモハン・シン首相は、「5年以内に日本語学習者を3万人に引き上げる」という目標を設け、両国政府が協力してインドの日本語教育を推進することに合意した。多言語大国インドの国民は、世界で最も語学センスのある人々だ。きっと数年後には、我々が舌をまくような日本語の使い手がインドから続々登場してくるに違いない。

国際交流基金が2003年に行った調査によれば、海外の日本語学習者は127カ国に235万人存在する。調査を始めた1979年と比べると、18倍以上の増加だ。この5年間だけでも新たに16カ国が日本語教育を始め、学習者数は12%増加している。

学習者の数が最も多いのは韓国で89万人、次に中国の39万人、オーストラリアの38万人が続く。この3カ国で世界の日本語学習者の7割を占める。日本経済が世界最強といわれた頃、日本との貿易や日系企業への就職に有利だから、という理由で日本語を学ぶ人が多かった。しかし2003年調査では、日本文化への興味、日本語そのものへの関心、日本語によるコミュニケーションといった文化的要因が主たる動機となってきている。

急速な日本語学習の拡大に伴って、教師や教材の不足などの問題も生じている。日本語を学ぶ人たちは、より深く日本を理解しようという意思をもった人々だ。彼らに手を差し伸べていくことは、日本に対する誤解を是正していくための第一歩である。

 

(公明新聞6月10日 コラム「にしひがし」掲載)

 

 

 

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