キム・ヨンスさんをご存知ですか 〜韓国「新世代作家」との出会い〜

 

キム・ヨンス氏講演会の写真1

撮影:高木厚子

ジャパンファウンデーションは、「日韓友情年2005」を記念して、開高健記念アジア作家講演会(全国5都市で開催)に、代表的な「新世代作家」の一人であるキム・ヨンス氏をお招きした。 韓国で1990年代に登壇した、いわゆる「新世代作家」は、軽快な想像力と感受性、繊細な感覚表現、破格な形式と文体、アイデンティティーの発見、率直さや大胆さに自身の文学的性格を求めている。彼らは、既存の韓国現代文学における民族の歴史の描かれ方に対する自己省察を行うとともに、韓国現代文学がそれまでにすくい取ることのできなかった個人の歴史を表現しようとしている。

韓国の現代文学と出会う

今回のプロジェクトは、本当に恥ずかしい、と言う思いをひた隠しにしてのものだった。なにせ言葉が通じない。相手の言っていることもわからないし、書いているものも読めないなかで始まったからだ。

昨年6月、機構改革で市民青少年交流課が誕生してまもなく、突然「開高健記念アジア作家講演会」の担当者に指名された。正直言って、私には事業の内容がピンと来なかった。韓国の文学者を日本に紹介する?もう韓国の情報は溢れているのじゃあないのか?韓国のことなど、殆ど気にしたことのなかった私には、何とも大変そうな、それでいて実りがどれくらいあるのかわからないプロジェクトにしか思えなかった。

事業の下調べに着手したとき、参考になると思えた本は女性の新世代作家の短編集など、ほんの数冊。韓国のテレビや映画に比べて、最近の韓国文学はあまり日本に紹介されていない。翻訳もあまりないのだ。そもそも「開高健記念アジア作家講演会」は日本未紹介(または紹介直後)の作家をお招きして講演会を開くプログラムなので、作品をたくさん読んだ上で作家を決められないのは仕方がない。とはいえ、紹介する作家以外の作品もあまり読めないのでは、背景としての知識を得ることもできない。

自分の語学センスのなさを思えば、今から韓国語の勉強をしても半年で文学を読めるレベルになるはずはないし、ここは開き直るしかないな、と半ば諦め気味に購入した数冊の本を読み始めた。韓国の「新世代作家」については、過去の「開高健記念講演会」で紹介したことがあったが、まずは、何がどう「新世代」なのか、解説を読むのではなく、ひとまず作品を読んで考えることにした。

気負って観る映画や勢い込んで買った本は面白くない、というのはよくある。だが、今回最初に手にした私と同世代の女性の作家による短編集は、仕事で読んでいるはずなのに違和感がなくすーっと読めてしまった。『6 stories シックスストーリーズ 現代韓国女性作家短編』(集英社)だ。違う国の話、という感じがしない。アメリカ文学ばかり読んできた私は、「微妙に異質な世界での本質的に同質な出来事の物語」ではなく、「ほぼ同質な世界(この理解はもちろん後で微妙な修正を迫られることになるのだが)での、ほぼ同質な出来事の物語」に安心感すら覚えてしまった。「これは理解できるかもしれない。」とホッとした気分になった。その後『客人(ソンニム)』(岩波書店)他数冊に手をつけたが、その印象は強まるばかりだった。

7月になると、私の準備に平行して調査を依頼していたソウル日本文化センターから、韓国での文学研究者の意見を取りまとめた提案が送られてきた。ソウルのスタッフに、不勉強さを半ば呆れられながらも、お招きする作家の打診順位を決め、ソウル日本文化センターに交渉を依頼した。キム・ヨンス氏(以下、ヨンスさんと呼ばせていただく)はリストのトップにいた。

その直後、コーディネーターに決まった崔真碩(チェ・ジンソク)さん(東京大学大学院の博士課程に在学する文学研究者)と韓国へ出張。ヨンスさんに正式に依頼をし、ご本人の了解を得ることができた。

 

キム・ヨンス氏講演会の写真2

撮影:高木厚子

翻訳作業を通じ、さらに魅せられる

講演会は、基本的には単発のイベントであり、極端なことを言えば、時間が過ぎればそれで終わり。それだけでキム・ヨンスさんとの出会いを終わらせてはもったいない。より深く理解をお手伝いするために、何か工夫できないだろうかと考えた。幸い、ヨンスさんは短編も書く。そこで、最近の短編の翻訳をして事前にお配りすることにした。(実は一番読みたかったのは私であった。紹介する仕事をしているのに、その作家の作品を読んだことすらないなんて、口が裂けても言えない。)コーディネーターのジンソクさんと、ソウル在住の李喜羅(イ・ヒラ)さんに日本語訳をお願いした。

ジンソクさんから、『ニューヨーク製菓店』の翻訳が上がってきて、読んでみるとずいぶん懐かしい気持ちがした。私というよりはむしろ兄の子供時代の話のようではあったが、かつて日本にもいた家族が、その小説の中にいた。『不能説』の翻訳が上がってきたときは、ヨンスさんの文章に読者を引き込む強さを感じた。文中に出てくる漢詩の原典を脚注につけ、読み下し文(これはもちろんヨンスさんの文体とは直接関係ないが)を加える作業をするにつけ、その響きの美しさにうっとりしてしまった。一方、李さんが美しい日本語に訳した『伊藤博文を、撃てない』は、その情景のくっきりとした寒さと、兄弟の会話の暖かさが読者をひきつける。

ヨンスさんの小説は「歴史」を題材にしている。日本では、「歴史小説」と聞くと、信長・秀吉・家康など、戦国武将が登場する小説をイメージする方が多いだろう。その読者層もある程度イメージができる。一方、ヨンスさんの小説の視点は、大きく異なる。東アジアという広い地域を舞台に、歴史の流れの中で生きる普通の人々の暮らしが描かれているのだ。

これらの3篇を読んだだけであったが、ヨンスさんの作品は、多くの日本人を惹きつける力を持っていると思った。こういう小説が書ける人なら、ヨンスさんのお話も講演会参加者にアピールするであろうと、ある種の確信を持った。

 

キム・ヨンス氏講演会の写真3

撮影:高木厚子

本番

2月18日。キム・ヨンスさんの講演会シリーズは福岡を皮切りに始まった。会場はほぼ満席。雨で遅れる方々をお待ちし、ちょっと遅れて講演会は始まった。

あれ?こんな話は書いてないぞ。おや?今どの辺だ?現場では、一応全てを把握しているはずの私には当初から冷や汗が。60分経過。まだまだ、終わりそうにはない。80分経過。そろそろ?もうちょっとだろう。あれ、終わらない……。100分でようやく講演が終了。休憩、質疑応答を含めて2時間半に及ぶ講演会となった。

幸いなことに、長い講演ではあったがエピソードが盛りだくさんで、聞いていて飽きない内容であった。お客様の反応もよく、質疑応答にも殆どの方に残っていただいた。

準備をはじめて8ヶ月。初めて一息ついた。ヨンスさんの物事を見通す目と、優しさに溢れた心が観客にも伝わったのがわかった。

アンケートでは、「アジアの中の日本を見つめ直す時期であり(中略)アジアの人々が日本を見つめる目、考えをよく理解できることこそ、国際交流を深めていく歩みになる」(60代男性)や、「韓国ドラマや映画は多く見、音楽も聴く機会は多いですが、小説というジャンルは初めてだったので、興味深かった」(30代女性)という声が寄せられた。

終りに

講演会の準備で初めてソウルを訪れた直後、私はプライベートでソウルを訪問した。もう少しこの国を知りたい、違いを理解したいと思ったからだ。このプロジェクトを始めるまでは韓国に関心のなかった私が、である。講演会は終わってしまったが、韓国を身近に感じるようになる大きなきっかけとなった。

 

 

 

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