中国における「文化」の考察と中国人学生とのふれあいの記録 『現代中国文化考−江沢民から胡錦濤へ』 小熊 旭 著

 

教え子たちと小熊氏の写真

浙江工商大学の教え子たちと(中央が小熊氏)

友好は易く、理解は難し

国際交流基金日本語事業部参事の小熊旭氏は、1974年に国際交流基金に入社。鄧小平によって始められた改革開放政策が軌道に乗りつつあった1984~88年、在中国日本国大使館の文化担当官として中国に滞在しました。さらに1992年、国際交流基金の北京事務所開設に先駆けて北京に赴任。1994年3月の事務所開設を経て、98年まで日中の文化交流事業に携わりました。合計9年間にわたる中国での仕事を通じ、数多くの中国人と交流があった小熊氏ですが、その体験を通じて思い知ったのは、日本と中国がいかに異なった文化の国であるかということでした。

中国の人々は、顔、形や外見は日本人と非常によく似ています。言葉を交わさない限り、中国人と気付かない場合もあるほどです。しかしその内側には、日本人と非常に異なる生活様式や心、そして精神を、しっかり持ちつづけています。これは彼ら固有の風土、環境、社会などによって育まれたもので、外見には表れません。こういった目に見えない中国人の文化や心といったものを、私たちはどのようにして、正しく認識し理解できるのでしょうか。

小熊氏は、最近発表した著書『現代中国文化考-江沢民から胡錦濤へ』の中で次のように述べています。

「それは、焦らず、あわてず、あきらめず、冷静に忍耐強く、地道に努力を積み重ねていく、いわばしんどい作業の継続によって初めて可能になるのである。そこに異文化理解、相互理解のための文化交流が果たす重要な役割が存在する。そして異文化理解、文化交流に関わろうとすると、それは決して生易しいものではなく、そこには私たちの強靭な意志と精神が必要となってくる。まさしく、『友好は易く、理解は難し』(竹内実)である。」

これを実践すべく小熊氏は、同書でまず中国における「文化」の定義からはじめ、江沢民の「先進文化論」について検証し、それが胡錦濤時代に引き継がれ、発展しているようすを、資料に基づいて客観的に分析しています。

 

コスプレ演技コンクールの写真

小熊氏が審査委員長を務めた浙江省八大学コスプレ演技コンクールの模様

中国人との距離を埋める体当たりの6カ月

小熊氏は2006年8月末より2007年2月末まで、3度目の中国長期滞在の機会を得ます。 杭州にある浙江工商大学に客員教授として赴任、「日本文化論」の講義を担当することになりました。出発前彼は、不安と共に若干の期待を抱いていたといいます。

過去2度にわたる北京での長期滞在にもかかわらず、いまだに中国人の心に触れようとしても触れ得ないもどかしさ、埋めようとしても埋められない距離感、重い空白感と溝、そういったものを感じ続けてきた彼は、しかし、ずっと心に引っかかっていたこの苦悩を、今回の赴任で多少は和らげることができるかもしれないと思ったのです。

「『中国人の心に触れようとしても触れ得ないもどかしさ』の存在を、この際中国の人々の前にさらけ出し、彼らの助けを借りて解決しようと考えた・・・」

 

学生寮の写真

勉学に励む学生たちと、彼らの生活の場である学生寮のようす

緊張した最初の授業、新入生歓迎会で300人近い学生を前に独唱することになった経緯、その舞台でのハプニング、コスプレコンクールで審査委員長を務めたことなど、体当たりで中国人学生の心の扉をノックした模様が綴られています。

小熊氏は中国人学生の心の扉を開けることができたでしょうか。続きは小熊氏の著書をお読みください。

 

現代中国文化考-江沢民から胡錦濤へ
小熊 旭
隣人新書 日本僑報社
http://duan.jp/item/057.html
900円(税抜) ISBN978-4-86185-057-6
C0036

目次紹介

まえがき
第1部
現代中国における文化及び対外文化交流に関する一考察
1. はじめに
2. 現代中国における「文化」をめぐって
(1)「文化」という言葉について
(2)中国における「文化」の意味概念について
(3)「社会主義先進文化」とは如何なる意味、概念であるのか
(4)「先進文化」論の提唱の背景について
(5)『計画綱要』の中の「対外文化交流」について
(6)「先進文化」論から「和諧文化」への継承と発展
3. 結論

第2部 杭州生活顛末記
1. 前言
2. 最初の授業
3. 大学での活動
4. 杭州生活雑感
5. 最後の授業

あとがき

第1部の中国語訳(全文)

 

 

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