「おかしな二人(女性版)」 The Odd Couple (Female Version) 「日馬プレス」コラム 『劇場へ出かけてみませんか』より

「おかしな二人(女性版)」 の公演写真1
写真提供:The Actors Studio

「君たちはマレーシア演劇の歴史を作った」

千秋楽の公演終了後、演出家のJoe Hashamは誇らしげに役者たちに語りかけました。8月21日まで上演された「おかしな二人(女性版)」は、確かに今後も長く記憶される作品となることでしょう。なにしろ、すべての公演のチケットが売り切れとなり、最終日に至っては240人が定員の劇場に300人以上の観客が押し掛けたのですから。あふれた観客(私もその一人でした)は、通路に座り込んで舞台を見つめたのです。

「おかしな二人」は、アメリカの劇作家、ニール・サイモンの代表作といえる作品です。舞台「笑いの大学」やテレビドラマ「古畑任三郎」などで知られる、当代随一の人気作家である三谷幸喜さんも、エッセイで「『おかしな二人』は、僕が学生のとき、渋谷の西武劇場で観て、自分もいつかこんなホンを書くぞと誓った思い出の作品」と書かれていたのを思い出します。今回の作品は、舞台設定をKLに移しながら、原作のニュアンスを的確に伝える出色のできばえでした。

「おかしな二人(女性版)」 の公演写真2
写真提供:The Actors Studio

Raja Maliqによる舞台装置も極めて完成度の高いものでした。ここ数年、シンガポールでの活動が多かったこともあり、KLでは舞台での仕事があまりなかった彼ですが、今年はどうしてしまったのかと思うほどの活躍です。先月の「Road to Mecca」、「Notes on Life and Love and Paintings」(再演)、そしてこの「おかしな二人」と立て続けに彼の装置を観ることができました。

しかし、的確な演出、才能あふれる役者、美しい装置がそろったこの作品でさえ、完成までには多くの紆余曲折がありました。役者の一人はポスターも刷り上がった後に降板しています。資金的にも楽ではありません。これだけの観客を動員しながら、冠スポンサーからの支援なしでは赤字を逃れることができないのです。やはり、芝居を作るのは楽ではありません。「舞台裏にこそ真のドラマがある」のです。

それでも、彼らは芝居を作り続けるでしょう。口では「マレーシア演劇には未来はない」と愚痴りながらも、次の作品の幕を上げるために、必死になって走り回るに決まっているのです。かつてKLを訪れた日本の劇作家・演出家、平田オリザ氏はこうおっしゃいました。「マレーシアには新劇がない。突然小劇場演劇にいっちゃって、それで混乱している。でも、混乱すればいいんです。そこから新しいものが生まれるはずだから」


「おかしな二人(女性版)」 の公演写真3
写真提供:The Actors Studio

確かに、マレーシア演劇は未だに混乱のただ中にいます。検閲の問題、民族間の分裂の問題、どれをとっても解決の道筋さえついていません。苦しい道のりは今後も続くでしょう。

でも、私がマレーシアにやってきた6年前の状況を思い出すと、この間の状況の変化に愕然とするのです。「劇場」と呼べるようなスペースは国立実験劇場しかなかったのに、2000年には国立劇場がオープンし、今年はクアラルンプール・パフォーミングアーツセンターが完成しました。「Malaysia Dance Festival」や「International Children's Theatre Festival」のような大規模なフェスティバルが次々に開催されています。芸術・文化・遺産省が設立され、アーティストとの対話が始まっています。どれもこれも、6年前には想像すらできなかったことばかりです。ショウ・マスト・ゴー・オン。幕が開いたらあとは突っ走るしかありません。魅力的な人々によって、マレーシアの演劇は今後も作り続けられていくことでしょう。

以前、国立劇場で仕事をしたことがありました。そのとき、私は誰よりも早く劇場に入って、一人で舞台に立ってみるのが好きでした。舞台から眺める客席はそれは美しく、無限の力を感じたものでした。今日も愉快な仲間たちは舞台に上がっています。劇場では、毎晩奇跡が生まれています。幕が下りれば消えてしまう、はかない奇跡。それを見つけに、あなたも劇場に出かけてみませんか。

筆者が日本に戻ることになりましたので、この連載は今回でおしまいです。ご愛読いただき、本当にありがとうございました。また、どこかの劇場でお目にかかれることを期待して、ひとまずお別れいたします。


<日馬プレス第305号(2005年9月1日)掲載>


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