公開シンポジウム「市民は目覚め、まちはまるごと文化となる」

 

シンポジウムの写真1

インド・ブータン‐素顔のまちづくり

日本でまちづくりに関わるさまざまな分野の専門家6人がインドとブータンに赴き、現地の人々と交流してきた様子を報告する今回のシンポジウムは、平日の午後開催であったにもかかわらず100名近い参加者があり、みなさんパネリストの話に熱心に耳を傾けておられました。

第一部は、ダムに沈む日本の村とそこに住む人々を撮り続けている写真家、大西暢夫氏によるスライドショー。路地で牛や馬といった動物に出くわすのがあたりまえの風景、モノクロの建造物に色鮮やかな布がはためく様子、はだしの子供たちの笑顔などが紹介されました。

第二部は、訪問したそれぞれの土地での出会いを、パネリストが紹介する形で進められました。

アーメダバード

最初はインドのアーメダバード。ここでは市民によるヘリテージ・ウォークが毎日行われ、市民がまちとまちの文化財への認識を高めると共に、来訪者への案内に役立てています。アーメダバードのあるグジャラート州はインド独立の父であるガンジーの出身地。ガンジーを実際に知る老人たちが、今なおかくしゃくとしてまちづくりの先頭に立ち、若い世代を指導している様子が報告されました。

ポンディシェリー

次に訪れたのは、インド洋に面するポンディシェリー。ここは200年以上にわたってフランスの植民地でしたが、その時代の建物と地元タミル地区の建物がつくりだす独特のまちなみをまるごと保存する試みがなされています。文化財としての都市を環境ごと保存する、というコンセプトのもとに、ミミズを使った生ゴミ処理場も作られました。以前は異臭の漂う不法投棄場であったのが、現在では一日5トンの生ゴミを処理して、1トンの土に生まれ変わらせるコンポストヤードになりました。「グリーンダイヤモンド」と名づけられたコンポストを販売して現金収入が得られるので、地元市民の雇用と自立に役立っています。

海に面したこの地域(タミル・ナドゥ州)は、沿岸部の漁村がスマトラ島沖地震・津波の被害を受けました。デザイナーのウマさんは、被災者のために自分たちに何かできることがないかと考えた末、端布で人形を作ることを思いつきました。漁師の奥さんたちに針と糸を持たせ、人形作りを指導。100万体のかわいらしい人形を作り、募金活動に役立てたそうです。漁村の女性は今まで社会参画のチャンスがありませんでしたが、津波を契機として人形作りに携わり、現金収入を得るようになりました。男性たちも、そんな女性たちに協力するようになったといいます。「インドは50数年前に独立したが、この地域の女性は、津波を契機に独立した」というウマさんの言葉が紹介されました。

また、ポンディシェリー郊外の国際実験都市オーロヴィルにおいて、5万人の環境循環型の理想郷を作ることを目標に、独自のまちづくりがおこなわれていますことも紹介されました。

ブータン

最後に一行が訪れたのは、ブータン。ブータンはGNH(国民総幸福度)を豊かさの指標とした独自の開発と発展の政策を打ち出したことでしられています。ここには、昔の日本にも見られた、農村の原型があるといいます。村を歩いていると、見知らぬ人から「まあ、お茶でも飲んでいきなさい」と家に招き入れられ、いつまでも話が続くとか。

GNPは日本とは比べものにならないけれど、人々には誇りと希望が見て取れ、その姿がきらきらしていたと、参加者から報告がありました。

この国で文化財保護に活躍しているのが5人の建築家です。建物保存の図面を引き、現場監督を行うのが彼らの仕事ですが、この5人がすべて女性、しかも3人は日本人です。

ブータンでは、市場に色とりどりの野菜が並んでいますが、ブータンの農業の発展に大きく尽力したのが西岡京治さんというJICAの専門家だったそうです。ブータンと日本の深い関わりを知ることができました。

 

シンポジウムの写真2

会場からの反響

第二部終了後、会場の声を聞く時間が設けられました。
「ブータンはGNHというけれど、私の出会ったブータン人は、『お金がほしい』『アメリカに行ってみたい』と話していた」という指摘や「『まちづくり』といっても、現場で汗を流すのは階級の低い人。階級制度が残ることをどう考えるのか。」「一部の視察でインドやブータンの全体像を見ることができるのか」といった問題提起もありました。

交流からはじまる未来

司会のジャパンファウンデーション職員は上記のような会場の声に答え、「今回の試みはまちづくり、固有の独立した価値としての文化、というものを共通な切り口にした企画であって、対象となる国の問題すべてを扱おうとするものではありません。文化を等価値のものととらえ、「まちづくり」において志を同じくする日本とインド・ブータンの人々が交流することにより、お互いが学びあい、理解しあうことによって、それぞれの活動が高められることをめざしたものです。」と述べていました。

6人の「まちづくりスト」たちも、「今回いただいたこのすばらしい交流の機会を、自分の取組みに生かしていきたい。今回の訪問で学んだことを、できるだけ多くの人に伝えていきたい。」と抱負を語っていました。

インド・ブータンのまちづくりは、私たち日本人が失ってしまった、あるいは置き去りにしてきた大切なものを思い出させてくれるとともに、新しいことも教えてくれる。そして私たち日本人が、広い視点からの新しいまちづくりを共に模索できる-そんなことを考えさせられるシンポジウムでした。予定終了時間を大幅にオーバーしたのですが、多くの人が最後まで話を聞いてくださいました。

 

 

 

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