アラブ音楽の陶酔 ロトフィ・ブシュナーク公演

 

公演の写真1

写真撮影:高木厚子

地中海アラブ音楽シリーズ第2回の本公演は、チュニジアからロトフィ・ブシュナーク氏を招いて開催されました。

チュニジアは古くから、アラブ、アフリカ、ヨーロッパ諸国の交差点として栄えてきました。そのため、公演で使用される楽器にも、その影響が見てとれます。まずブシュナーク氏が演奏するウードは、ササン朝ペルシャの楽器が前身とされ、ヨーロッパのリュートの祖先でもあります。これにカーヌーン(チター属の撥弦楽器)とタール(シンバル付きのタンバリン)、さらにヴァイオリンとチェロが加わります。ヴァイオリンは、アラブの弓奏楽器がヨーロッパに伝わって、後にヴァイオリンになったとする説があります。アラブ世界で大々的に使われるようになったのは、19世紀末から20世紀前半にかけてのことでした。チェロも、楽器そのものは西洋音楽の楽器と同じですが、調弦や奏法が異なっています。

 

公演の写真2

ロトフィ・ブシュナーク氏
写真撮影:高木厚子

アラブ音楽の伝統においては、音楽の中心にまず歌があります。器楽のおもな役割は、歌へのスムーズな導入をはたすこと、歌われた旋律を繰り返し、歌のない部分を埋めることにあります。今回の公演も、楽器専門の奏者が5人いますが、なんといってもその中心は、歌手のロトフィ・ブシュナーク氏です。

アラブ音楽における歌手の地位はたいへん高いそうです。美しい声や豊かな声量と声域はもちろん、歌詞を雄弁に語る正確な言葉の発音も必要です。さらに必要に応じてメロディを変化させること、歌の即興に入ること、あるいはその場で詩句を創りだすことさえあります。そのため優れた歌手には、アラブ音楽の旋法に対する深い知識、豊かな文学的教養やセンス、それに加えて即興性が不可欠です。今回来日したロトフィ・ブシュナーク氏は、その卓越した才能ゆえに、アラブ音楽の至宝と呼ばれています。

さて当日、プログラムに曲名は記されているものの、歌詞の説明はありませんでした。アラビア語のわからない私は、何の先入観もないまま聞いているだけでしたが、そこに繰り広げられたのは、なんとも心地よい世界。リズムが縦横無尽に変化し、ブシュナーク氏の伸びのある声が、聴衆をぐいぐいとひきつけていきます。歌をメドレーでつないでいくのですが、聴衆に手拍子を促したり、楽団のメンバーと微笑をかわすなど、コミュニケーションを交えながらの歌唱は、会場全体を陶酔へと誘います。

 

公演の写真3

写真撮影:高木厚子

ブでは、音楽や歌によって得られる恍惚、陶酔の状態を「タラブ」と言う言葉で表現します。聴衆にタラブを与えられる歌手こそが、最高の歌手であると考えられています。言葉がわからなくても、聴衆を魅了してしまうブシュナーク氏。アラブの至宝といわれる秘密はここにあるのでしょう。

ラスト近くを飾ったのは、日本の歌『ふるさと』と『さくらさくら』。ところどころに日本語を織り込んだ歌詞は、おそらくブシュナーク氏の即興なのでしょう。日本のメロディーを自分の歌にしてしまうところが、さすがです。カーヌーンで演奏された『さくらさくら』は、日本の琴を思わせるような美しい響き。それでいて、異国情緒があふれています。地中海に面したチュニジアで、遠い昔、東洋と西洋が出会っていたことに思いをはせながら、陶酔に浸った至福のコンサートでした。

 

 

 

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