海を渡った型紙たち−パリの『型紙とジャポニスム』展 −1−

会場入り口前の本展垂れの写真
会場入り口前の本展垂れ幕

第I部 パリの『型紙とジャポニスム』展
正確で繊細な職人芸がもたらす日本の型紙
アールヌーボーに影響を与えた一世紀前のクールジャパンの魅力は現在のパリでどう理解されるか

『型紙とジャポニスム』展の開催

「型紙」と聞いて、着物を染める技法のひとつである型染めをすぐに思い浮かべることのできる日本人は何人いるだろうか。ましてや、日本人にとってもなじみの薄い型紙が、19世紀末から20世紀の初頭にかけて、ヨーロッパ各地に拡がった工芸運動、アール・ヌーボーの誕生に大きな影響を与えたということは、ほとんど知られていない。

これまで語られてきた浮世絵や陶磁器などとは別な流れとなる、もうひとつのジャポニスムを学究的に検証しようという世界でも初めての展覧会が、2006年10月19日から2007年1月20日までパリ日本文化会館で開催された。開幕から閉幕までの58日間に会館に足を運んだ観客はほぼ1万5千人を数えた。数的にはメディアで盛んに取り上げられた2005年の「妖怪展」の入場者数1万8千人と比べて多少地味であるが、来館してくださった方々からは、展覧会の精緻な美しさとコンセプトの独創性への讃辞の声がだれかれとなく聞かれた。とりわけ何度も来館したリピーターが多い、デザイナー・建築家・学芸員など専門家の間の評判が高い、会場での鑑賞時間が長い、カタログの売れ行きが1627部(妖怪展は1221部)とこれまでの最高を記録したということなどが、この展覧会の魅力を物語ってくれている。

『型紙とジャポニスム』展の写真1
ジャポニスムの影響が見てとれる
ベルギー・セクションの展示

「この展覧会にさっきも来たけれど、どうしてもまたもう一度来てしまいました」と話しかけてくるフランス人女性の目に涙が光っているのを見ると、こちらまで感動してしまう。

リーヴル・ドールと呼ばれる寄せ書き帳には、「日本が生み出した素晴らしい文化がヨーロッパに与えた影響が良くわかる好企画」とか「日本人であることを誇りに思いました」などの日本人同胞からのうれしい反応もある。最終日に出会ったリヨンの自然史博物館の学芸員は、「うちの館長が2006年に見たなかで一番美しい展覧会というので、リヨンからこれだけのために来ました」と答えた。

パリ日本文化会館は、1997年の開館以来、展覧会でいえばどちらかというと縄文展、楽展、はにわ展など、日本の伝統文化の紹介に力を入れてきていたが、海外の美術館ではなかなか取り上げない企画として、2004年の「伊万里展」以来、日本とフランス、ひいてはヨーロッパとの美術交流を映し出す展覧会企画に力を入れている。「型紙とジャポニスム」展はその第二弾ともいうべきもので、会館10周年となる2007年には、さらに春の「アジアのキュビスム」展、秋の「パリに学んだ日本の近代洋画たち-黒田清輝から藤田嗣治まで」展が予定されている。

本展の誕生過程

『型紙とジャポニスム』展の写真2
リヨンの絹織物デザイナー、シャルル・ベロンが
所有していた型紙と彼の創作デザイン図案
(フランス・セクション)

振り返ってみると、1988年5月から12月にかけて、パリ日本文化会館の母体である国際交流基金が、フランス国立美術館連合との共催で、パリのグラン・パレと東京の国立西洋美術館の二会場において、「ジャポニスム展」を世界に先駆けて開催したことが思い出される。
この展覧会がこだまして、その後のジャポニスム研究が進化し、ジャポニスム展のヴァリエーションが各国で次々に生まれたことを忘れてはならないであろう。そのときの事前調査の過程で発見された名も知れぬ型紙の存在に、新たな光を当てるのに20年近くかかってしまったが、かつてのジャポニスム展から派生したもうひとつのジャポニスム展を、パリの地で自ら再び開催できることを幸せに思う。

本展覧会は、まず型紙と型染めによる着物を中心とした日本セクションから始まり、オーストリア・ドイツのセクション、英国・米国セクション、ベルギーのセクション、そしてフランスのセクションと、欧米に与えたジャポニスムの影響を地域別・国別にめぐる構成となっている。日本からの作品数は約100点、欧州内の美術館から借用した作品を合わせると総数は約230点となり、当館としては過去最大規模の展覧会となった。影響を受けたと思われる欧米作品だけでなく、それらの創作の源泉となった型紙も合わせて、当館としてはこれも初めて、オーストリア国立工芸美術館、ハンブルグ工芸美術館、ベルギー王立美術歴史博物館、国立パリ装飾美術館、オルセー美術館、パリ市立プチ・パレ美術館などから作品借用している。

本企画は上記1988年のジャポニスム展のコミッショナーでもあった日本女子大学・馬渕明子教授との間でやり残していることとして、以前から話題になっていたが、3年ほど前に型紙と着物の専門家である共立女子大学・長崎巌教授にご参加いただき、企画書を初めて作成した。その後、展覧会に向けて本格的に作品調査を行う段階になって、ベルギーのジャポニスム専門家である文化女子大学・高木陽子教授にも加わっていただいて、何回かの欧州及び日本国内における作品調査と出品交渉を経て実現したものである。日本のコミッショナー以外に、フランスのラカンブルさん、ブッションさん、オーストリアのヴィーニンガーさん等学芸員の方々にカタログを執筆協力いただいている。

この展覧会をご覧になった方々から、ぜひ日本でも開催してほしいとの要望が寄せられたが、実は現在、京都国立近代美術館が中心となって、本展で十分紹介できなかった旧東ドイツ、イギリス、アメリカなどの調査を充実させて、2009年開催へ向けて企画が動き出したところだ。これが実現されれば、主催者にとってこれに勝る喜びはない。






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