海を渡った型紙たち−パリの『型紙とジャポニスム』展 −2−


『型紙とジャポニスム』展の写真1
『型紙とジャポニスム』展の会場入口

第II部 海を渡った型紙を追って

『型紙とジャポニスム』展の開催

これらの型紙は、いったいどういう経路で海を渡ったのであろうか。恐らく浮世絵や工芸品のような万国博覧会経由ではなく、日本の開国を機に日本へ来た外国人たちによって、もう使われなくなった型紙が安く大量にヨーロッパに持ち帰られたらしい。早くは1870年代、多くは1880年代の後半から1890年代にかけてヨーロッパの各地の工芸美術館や染物会社などに装飾デザインのお手本として入った記録が残っている。そして、型紙を何にどう使うか知らないまま、歴史主義のマンネリから脱したいと願っていた西欧の装飾デザイナーたち(コロマン・モーザー、ヨーゼフ・ホフマン、ウィリアム・モリス、アンリ・ヴァン・ド・ヴェルド、ヴィクトール・オルタ、エクトール・ギマール、エミール・ガレ、ルネ・ラリック等)は求めていた造形的なヒントをそこに見出し、彼らの工芸作品に応用し、アール・ヌーボーの芸術運動が生まれるきっかけとなった。この展覧会では実際にヒントを与えたことが実証できる型紙から、このようなものだろうと想定される型紙まで、組み合わせを多様にとらえている。


『型紙とジャポニスム』展の写真2
型紙と型染めによる着物を中心とした日本セクション

装飾デザイナーを魅了した型紙の秘密

それではなぜ、こんなに小さな長方形の紙が、新しいデザインの源泉となりえたのであろうか。展覧会が開始されて以来、型紙の秘密をあれこれ考えている。当時のヨーロッパ人になったつもりでなくても、現代の日本人としても、まず文様の繊細さの極みに心打たれる。無名の職人がこういうものをこつこつと作り続けていたという作る側のゆとりと、それを支えるだけの庶民の美的センスがどちらも不可欠であったろう。遠くから見ると無地に見えるのに、近づくと細かい手の込んだ模様を発見する驚きもある。

次に文様の題材は、花とか実とか枝とか、水の流れとか、小動物とか小鳥とか魚とか、ほとんど身の回りにある自然で、しかもそれが反復模様として様式化されているのが印象的だ。
三つ目には、模様が透けている部分と充ちている部分からなっていて、染めるときはシンプルな二色づかいになること。その透けた感覚と軽やかさは型紙の特徴であるが、これは現代でも日本の建築家たちによって見事に引き継がれていて、ちょうど同時期にオルレアン市で開催された「アーキラボ日本特集」展でも、透け感、軽み、内と外の連続的なつながりがどの日本人建築家の作品にも顕著であった。

これらすべてを一言でまとめると、決して遠いところからくる異国趣味ではなく、身近なところに見つかる文様でありながら、見慣れているようですぐ取り入れられそうだけれど、それが自分たちとは違うやり方で美的に洗練されているという、親近性と意外性の表裏一体となった魅力といえるのではないだろうか。


『型紙とジャポニスム』展の写真3
エミール・ガレの家具とモーリス・ドニのリトグラフ
(フランス・セクション)

ジャポニスム今と昔

親近性と意外性の魅力と言うと、1990年代以降の日本のマンガ、ゲーム、アニメのグローバル化現象が思い起こされる。日本のクールな現代文化というものも、実は決して遠いところからくる異国趣味ではなく、身近なところに見つかる表現方法で、見慣れているので違和感なくすぐ取り入れられそうだけれど、それが自分たちとは一味違う表現方法で、きわめて視覚的、心理的に洗練されているという、親近性と意外性の表裏一体となった魅力であるという点では、まさに第2のジャポニスムの波ということができると思う。

ところが、「型紙とジャポニスム」展に対するメディアの反響はというと、ジャポニスムというコンセプトよりも型紙という具体的な中身がより新鮮だったようである。そのためか、初めのころのメディアによる紹介記事は2‐3を除き、型紙の彫り方や染め方、その完成物としての着物に終始した感が否めない。言い換えると、そちらのほうにどうしても一般フランス人の関心が向いてしまうのを、ジャポニスムにまで向け返すのはなかなか至難のことである。その成り立ちからして、ジャポニスムこそが本展覧会の本来の趣旨であったはずなのに、ジャポニスムの内容について掘り下げた論評があまり見られないことは残念であった。実は、フランス語のタイトルは題材の中心となる「KATAGAMI」を日本語の発音のまま使い、「日本の型紙とジャポニスム」というサブタイトルをつけたので、こうなることは予想されたことであったかもしれない。本企画の何をどう売るかという売り方について、事前に委託先の広報会社と、企画の具体論だけでなくこのようなコンセプトに関する事前の対話ができるとよかったと反省している。しかしながら、後半に入って理解が深まるにつれて、むしろジャポニスムの部分により関心を寄せるマ客が増えてきたことは喜ばしい現象であった。

第2のジャポニスムの波である現代日本のポップカルチャーが海外でどう受容され、その魅力はどこにあるのかというという問いに向き合うとき、第1のジャポニスムの波のなかで、型紙がヨーロッパの工芸デザインの現場に与えた影響と比較して考えてみると興味深い。もしかすると、1世紀前の型紙の影響力がクール・ジャパンの大いなる不思議を解くヒントになるかもしれない。そんな期待を抱いて、展覧会閉幕後も本展のもたらしたものについての考察をあれこれ思いめぐらしている。





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