パリ寄席を終えて

 

パリ寄席の写真1

(c) Thomas Bremont

二夜に亘る公演の最後、出演者一同が舞台に並び、桂歌丸師匠のご挨拶で幕となったとき、フランス人が多数を占める会場は割れんばかりの拍手で包まれました。関係者一同、能や歌舞伎に続いて、落語などの大衆芸能もこの地で十分受け入れられると確信した瞬間でした。

最初に落語芸術協会からこの企画を頂いたとき、「視覚的要素の少ない話芸が日本語の分からないフランス人観客に通じるか」という疑問が議論の焦点となりました。日本語や日本文化に通じた会館フランス人スタッフもどちらかというと否定的見解でした。しかし、能や歌舞伎などに比べて海外で紹介されることの少ない日本の伝統的大衆芸能だからこそ、欧州での日本文化発信基地たる当館で紹介すべきだとの基本方針が立てられました。

そこで議論は「どうやってフランス人観客に楽しんでもらうか」に移りました。先ず粗筋を配るだけではなく、シンプルな話芸ですのでその効果は未知数でしたが、字幕付で上演することになりました。また落語だけでなく、寄席という文化を総合的に紹介する企画とするために、落語を中心とした寄席についての解説と、普段は観客からは見えないところで演奏される下座音楽(三味線や太鼓など)の紹介、それに演目として言葉を超えて楽しんでいただける紙切りを加えました。また会場もできるだけ寄席の雰囲気を再現できるよう、写真パネルや提灯などを飾るほか、お囃子を流し、入り口には寄席文字で「巴里寄席」と掲げることとしました。

パリ寄席の写真2

(c) Thomas Bremont

何より要になりましたのが、字幕の準備です。当館では昨年の能楽公演から専用の字幕投影機をレンタルして使用しています。これは見て読みやすいのですが、一度に投影できる文字数は38文字が2行だけです。少ないようですが、逆に少ないからこそ、丁度映画の字幕のように、一瞥で読み取ることが出来て限りなくリアルタイムに原文を理解することができるのです。

しかしこの中に訳文を収めるのは至難の業で、日仏両語に精通していなくてはなりません。しかも落語は定本がある訳ではなく、また噺家によって微妙に異なるところもありますから、ご本人の実演の録音テープから訳すしかありません。今回は日本在住のカトリーヌ・ランスロー氏が、微妙なニュアンスまで的確に伝える字幕原稿をご用意くださいました。

次に操作ですが、ボタンをクリックするだけとはいえ、公演はライブですので、そのタイミングこそが肝要です。こちらも日仏両語に精通しているほか、演目そのものや演者の癖などにも通じている必要があります。今回は、慶應義塾大学落語研究会出身で、日仏にて芸能活動をされているロマネスク石飛氏が、協力してくださいました。同氏は録音テープを何度も聞き込んでリハーサルに臨まれました。

意外と知られていないかも知れませんが、一般に日本の伝統芸能では、あまり公演直前のリハーサルというものをしません。いつでも直ぐに舞台に立てるよう、普段から十分に稽古をされているからです。落語も然りです。しかし字幕付上演では、字幕操作者との念入りな申し合わせが不可欠ですので、必ず前日に通し稽古をしていただくようお願いしました。それも字幕とずれてはいけませんので、事前に吹き込んでいただいたご自身のお噺と寸分違わぬように演じていただく必要があります。勿論、出演者の皆さんはこの必要性を十分ご理解くださいましたが、これは会場の雰囲気で、いわばアドリブで呼吸を変える噺家の皆さんにとって大変ご負担だったようで、歌丸師匠も「やりにくくってしョォがねェなァ」と仰っておりました。

こうして迎えた初日、先ずは三笑亭茶楽師匠のお話を、法被を着たパスカル・グリオレ先生(国立東洋言語文化学院助教授)が当意即妙に訳され、会場も和やかな雰囲気で公演は始まりました。一人目の桂歌助師匠の『そば清』が大いに受け、続く三笑亭茶楽師匠の『紙入れ』の前半の山場まできて、その事故は起きました。字幕が止ってしまったのです。後で伺いましたが、観客の動揺が高座の茶楽師匠にも伝わりました。振り返る訳にも行かないので、操作ミスがあったのかと思いつつ、お噺を続けられたそうです。裏では技術スタッフが走りました。字幕上映のためのソフトを搭載したパソコンがフリーズして動かなくなっていました。再起動もままならず、また漸く再起動しても直ぐに固まってしまいます。

原因が分かりません。リハーサルでは一度もなかった事故です。観客の皆さんにとっても長い時間だったと思いますが、我々スタッフにとっても予想もしていなかったつらい時間でした。何度も再起動を繰り返し、再び字幕が動き出したときには『紙入れ』も後半の山場になっていました。あってはならない事故でしたのに、それがあろうことかトリの歌丸師匠の『尻餅』のときにまた起きてしまいました。今度は冒頭からパソコンが固まってしまったのです。再び技術スタッフが走り、再起動だけでなく、配線を変えるなど様々な処置を施しました。祈るような時間が過ぎて、漸く字幕が動き出したのは、『尻餅』も後半の佳境に入ってからでした。幸い、公演後の観客のお話やアンケートからは、日仏とも多くの方がこの寄席公演を大いに楽しんだことが伺えました。ただ惜しむらくは字幕投影機の事故であったとの声も多くありました。

 

パリ寄席の写真3

(c) Thomas Bremon

ひとつだけ、公演団に同行されていたスポーツニッポンの花井記者の感想は印象的でした。同記者は舞台裏にいらして会場内をご覧になっていなかったのですが、急に観客の笑いがぐっと減った瞬間に気付かれました。それが、字幕が止った瞬間だったのです。つまり多くの観客が字幕を頼りに鑑賞していたこと、その字幕に合わせてまるで原語である日本語が分かっているようなタイミングで反応していたこと、即ち字幕付上演はうまく機能するということを、図らずもこの事故は証明したと仰ってくださいました。

翌日、フリーズの原因のひとつがパソコン本体の温まり過ぎにあると思われたため、扇風機を持込むなどし、更に配線も付けかえ、公演に備えました。夜、公演が始まります。我々スタッフは片時も字幕から目が離せません。一人目の歌助師匠、大丈夫です。前日に中途で字幕の止ってしまった茶楽師匠、問題ありません。休憩を挟み、フランス語も駆使する紙切りの林家今丸師匠、大いに受けています。そしてトリの歌丸師匠。「夢にまで見たパリ公演…」との口上に始まって、字幕は、師匠の言葉を着実にフランス語にして映し出しています。日仏関係なく、師匠の語り、間合い、所作に反応して、大いに笑っています。師匠も伸び伸びと演じられています。

無事語り終えた瞬間、場内は割れんばかりの拍手で包まれました。カーテンコールでは出演者一同が舞台に上がり、歌丸師匠のご挨拶となりました。能や歌舞伎に続いて、今度は是非落語をごひいきに。そして、影の功労者の一人である石飛氏も壇上に上がり、パリ寄席公演は幕を閉じました。視覚的要素が少なく、言葉の笑いを核とする大衆芸能である落語がどこまで受け入れられるか、今回の公演は一種の挑戦でもありましたが、関係者一同確かな手応えを得ました。2日目のアンケートは絶賛の連続で、中には、これからは毎月1回実施してほしいというフランス人観客のコメントもありました。

 

 

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