喧騒の都市バンコクでの静かな演劇 −後半−

青年団(平田オリザ氏主宰)による『東京ノート』バンコク公演当日のレポートです

つめかける観客の写真

つめかける観客

テレビの取材攻勢

公演初日23日の朝、大手の新聞にいっせいに関連記事が掲載された。二大英字紙「ネーション」と「バンコクポスト」に大きく舞台写真いりででたほか、読売新聞にもとりあげられた。テレビ局では地上波全国ネットのチャンネル5が23日午後ゲネプロ(最終稽古)の際に取材にきて、舞台収録と平田オリザ氏への取材をおこなった。24日公演二日目は同じく地上波全国ネットのチャンネル7が連絡もなくいきなり公演中に取材にきたが、この日はぎりぎりまでいれた椅子も足りず観客を床に座らせているような状況で、取材できずに帰った。せっかく来たテレビ局を帰すなんて初の経験。残念しごく。

つめかける観客

23日は168名 、24日は178名、25日は162名。計3回公演で計508名。このホールの収容人数は無理していれて150席までだが、毎回観客がひきもきらず来場し、舞台が見切れて本来は席をおく場所でないところに限界まで椅子をいれた。とりわけ公演二日目の24日は折悪しく熱帯の雨季特有の豪雨(スコール)、強風、雷鳴のもの凄いスコールのさなかではあったが、観客が続々とつめかけ、とうとう172まで椅子をおくはめになった。おそらくこれはこのホールの新記録だろう。しかしその日はそれでも足りずあふれた6名を前方の床にすわってもらう緊急措置をとる。

観客がアンケート記入している写真

アンケート記入も熱心

確かな手ごたえ

大学文学部のホールで公演したおかげで、同学部演劇学科の協力が得られ、観客として一般客のほかに演劇専攻の教官、学生、また映画関係者、アーティストなどが多数来場した。きわめて質の高い観客で、必ずしも判りやすいとはいえない「東京ノート」を熱心に見いっていた。一般に賑やかなものを好むタイ人にとって、あの静かな演劇がどううつるのか、不安と期待があいなかばし複雑な気持ちで公演初日を迎えたが、幸いにも杞憂におわった。

公演二日目は平田オリザ氏によるアフタートークをしたが、タイにしては珍しく質問がたくさん出て内容も的確なものが多かった。「どうして芝居が始まる前から俳優が舞台にでているのか」「舞台のあちこちでセリフが同時に進行するのはなぜか」「なぜ音楽を用いないのか」「どんなことを題材にどのように劇作するのか」などなど。こうしたトークになれた平田氏はユーモアをまじえ余裕の受け答えをしていた。

アンケートに見るインパクト

会場で観劇アンケートをとった。集計と分析はこれからだが、おおかたは「よく判らないところもあったが面白かった。なぜだかひきつけられた」「劇作スタイルがユニーク」「俳優の演技がたいへん自然」「字幕の量がときに多すぎて理解できなかった」といったところ。なかにはプロの俳優さんが書いたものもあり「演技が抑制されていて不自然さがない。全体が一貫性のない人間関係なのにそれでも自然に話題の共通性があらわれ中心軸になっている」といった専門的なコメントもある。色々なイベントでアンケートをとるが今回は回収されたアンケートの量がはんぱじゃない。みなさん見終わってその印象を感想をとにかく書きつけておきたかったのだ。静かな演劇が予想以上の強いインパクトをあたえた。

乱暴だが観客の感想をでこぼこをならして全体の平均値として表現すれば、「よく理解できないところが少なからずあったが最後まで引きつけられ見てしまった」といったところか。

『東京ノート』バンコク公演の写真

舞台上手と下手にタイ語字幕

セリフとシンクロするタイ語・英語字幕

いっけん気ままな感じで発せられる同時多発のセリフがじつは一秒ほども狂わず緻密な計算によってセリフの順番が決定され、役者がそれにこたえる。平田オリザ氏の作品はきわめて意識的に計算されすべてができあがっている。私は会場でひまなとき台本を少しずつ読みついに完読したが、台本をよんで面白く感じたのは初めての経験だった。こうした緻密なつくりのセリフ群が観客をして芝居の最後まで見させてしまった理由のひとつ。

また字幕もひじょうに貢献した。今回特筆すべきはタイ語と英語の二言語字幕だ。字幕は舞台の上手・下手に一台ずつタイ語、背景中央に英語字幕、計3カ所。俳優のセリフの進行にあわせ、あらかじめパソコンにインプットされた通りつぎつぎとスムーズに字幕が映し出される。まるで外国映画の字幕を見ているように、役者のセリフと字幕がぴったりシンクロしており、いったいどうやってあの同時多発の数多いセリフに字幕の進行をシンクロさせていくのか、観客はおそらく驚倒したはずだ。劇団スタッフによると字幕オペレーターは相当の習熟が必要で、さらに性格的に向き不向きがあり訓練すればだれでもできるというわけではないとのこと。それだけ困難な作業というわけだ。ただ字幕の量が多くまた同時多発のセリフが少なからずあるため外国人観客は字幕でかなり疲れたかもしれない。

幸運の女神を味方に

今回30名近い大人数を、しかも舞台セットを作成する先乗り隊の日程をふくめると、計11日間のあいだアテンドし、人と荷物の移動、弁当手配、劇場まわり等々さまざまのことを先回りして考え準備しなければならず疲労困憊したが、すべてがウソのように順調にすすみ、アクシデントもなく、団員のひどい体調不良もなかった(熱帯なので多少あるのは仕方ない)。また自由時間に地下鉄やスカイトレインなど公共交通機関を利用してバンコク市内をあちこちと動き回る団員が少なからずいたが、盗難、事故などが一件も発生せずラッキーだった。

青年団の団員が海外公演になれていること、英語がある程度できること、きわめて団として規律がとれていることなどを考慮しても、今回は運にめぐまれたバンコク公演であった。どんなに事前の受入準備をよくしていても、この運というものにめぐまれない公演団もときどきある。
喧騒の都市バンコクでの静かな演劇公演がすべて終了、26日朝早く一行を空港に送る。次はどんな公演団がやってくるのだろう。(終)

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