新刊『アート戦略都市―EU・日本のクリエイティブシティ』を超えて -1- その1 「クリエイティブシティ」とは

ゲーツヘッドに屹立するパブリックアート「エンジェル・オブ・ザ・ノース (北の天使)」の写真
ゲーツヘッドに屹立するパブリックアート
「エンジェル・オブ・ザ・ノース
(北の天使)」
撮影:吉本光宏

今年5月、昨年のEUと日本との交流プロジェクトの成果として『アート戦略都市―EU・日本のクリエイティブシティ』を発行した。本書のテーマである「クリエイティブシティ」とは、現在世界各地で、都市あるいは地域再生の実践論として注目を浴びているコンセプトである。特にEU諸国では、「ヨーロッパ文化首都」イベントと「地域再生」ファンドが牽引役になったことから、多くの成功モデルが生まれ、欧州経済復興の源となっている。このコンセプトを敢えて一言で表現すれば、地域も、都市も、住民も、経済や産業も21世紀にあっては「創造力」が大きな役割を果たすということである。

「クリエイティブシティ」の原点 グラスゴー

1960年代~1980年代、EU諸国の多くが産業構造の転換、価値観の転換という大きな転機を迎え、八方ふさがり閉塞感の中で、社会や経済の停滞に瀕し、出口を模索していた。その中で一筋の光明を投げかけたのが、グラスゴーの都市再生への挑戦であった。グラスゴーは19世紀末から産業革命の盛んな地域として栄華を誇っていたが、第2次大戦以降、主力産業であった造船、繊維産業の衰退により失業者が街にあふれ、大きな社会問題を抱えていた。いつしか「労働階級の街」というレッテルを貼られ、「文化」や「芸術」という言葉とはおよそ無縁の都市と見なされていた。

1980年代、市内に美術館・博物館、コンサートホールなどのさまざまな文化施設を建設し、学会やフェスティバルを招致するなどの努力を行った結果、1990年にはEU統合の象徴としての「ヨーロッパ文化首都」に選定され、さまざまな文化イベントが1年にわたって開催された。その後同市はスコットランド随一の都市として、文化、経済、商業の中心地となった。グラスゴーは現在、ロンドンにつぐ現代アートの中心地としても名高く、「クリエイティブシティ」の原点がここにあると言われている。

このグラスゴーの挑戦と成功は、多くのEU諸国に希望とやる気をもたらした。本書で紹介されているニューカッスル・ゲーツヘッド、マルセイユ、ジェノバ、ダブリンも、港湾都市として発展してきた歴史があり、グラスゴーと多くの共通点を有している。これらの都市は、都市計画に文化や芸術などのソフトの視点を取り入れ、着実に、そして確実に再生を果たしつつある。

日本における「クリエイティブシティ」

一方日本は、「土建国家」とも呼ばれてきたように、建物や道路といったハード面からのインフラを進めてきたが、この結果近年、シャッター街、中心地の空洞化、少子高齢化などの深刻な課題を抱えるようになっている。人と人が集い合う「場」があれば、そこに会話と対話が生まれる。刺激が生まれ、新しいアイディアや技術が生まれてくる。そんな街にどうしたらなれるか。そんな問いかけから、欧州での成功モデルへの注目が高まるようになった。

しかし日本には、世界でも類を見ないほど新旧の多様な文化リソースがある。実は日本にこそ、より高い可能性とヒントがあるのではないか。IT、コンテンツ産業、ファッション、デザイン、コンテンポラリー・アートの分野においても、「Japans Cool」と呼ばれる新しいノウハウと人材が蓄積されつつある。また、「創造力」を生み出す素地づくりに欠かせないアートとコミュニティを結びつける、アートNPOの活動も顕著になってきている。

このようなことを背景に、「2005年日・EU市民交流年」にちなんだ市民交流にふさわしいテーマとして、「クリエイティブシティ」がキーワードとして取り上げられることになった。

2005年の1年間にわたり、在京のEU6カ国の大使館、文化機関、JF、横浜市、アートNPOリンクなどが共同で企画を進める一大プロジェクトとして、ワークショップ、シンポジウムなど様々な企画が実施され、その成果の一つとして本書が出版された。

本書収録の対談

吉本氏の写真
吉本氏 撮影:杉全泰

この本には、プロジェクト全体の発案者である吉本光宏さんとアーティストの椿昇さんの対談が収録されている。吉本さんは、数多くの自治体のアートコンサルタントとして活躍する一方、文化政策やクリエイティブ・インダストリーの調査研究を行うシンクタンクで陣頭指揮をとっている。また、アートNPOへの造詣も深い。椿さんは、地球の今を作品にしてしまうコンテンポラリー・アーティスト。この二人の組み合わせなのだから、おもしろくないわけがない。案の定、対談の内容は、コアテーマの都市再生から、教育、アートNPO、観光、サッカー、環境問題、eコマースやクリエイティブ・コモンズ、しまいには指定管理者制度に至るまで、限られた時間ではとても収まりきれないほど、実に多彩で刺激に満ちたものとなった。司会と原稿執筆は読売新聞社文化部の記者である前田恭二氏にお願いした。鋭い質問を絶妙なタイミングで投げかけるので、話はいっそう盛り上がった。こんなおもしろい話を、編集者とプロジェクト担当者だけで楽しんでいてはもったいない。もっと多くの方々に共有していただきたいと、本書編集時から思っていた。

ライブ対談実現へ

ゲーツヘッドの「バルチック現代アートセンター」の写真
ゲーツヘッドの「バルチック現代アートセンター」
撮影:吉本光宏

そんなときにタイミング良く、本書発行にちなんだイベントを実施しようということになった。とっさに私の頭に浮かんだのは、あの時の対談。この機会を逃す手はない。確かに、吉本さんと椿さんの対談だけでも十分おもしろい。しかし、すでにアートやアートマネジメントの世界では知名度も高いお二人に加え、新しい切り口を加えるのはどうだろう。そう考えて、まったく別分野のシンクタンクの研究員である、新谷大輔さんにも参加していただくことにした。新谷さんは今盛んに言われているCSR(社会的投資責任)の専門家でもある。アートとの接点はこれまで余りないが、コミュニティ・バンク(個人の社会的投資をとりまとめ、起業家に融資するシステム)を研究している。例えば、コミュニティ・バンクのひとつであるAPバンクは、Mr. Childrenの桜井さん、音楽プロデューサーの小林さん、作曲家の坂本龍一さんたちが、コンサートの売上を出資して、環境プロジェクトを立ち上げる人々に融資するシステムである。吉本さんの話では、日本では定職を持たない、あるいは組織に属していないアーティストやアート・マネージャーは、クレジット・カードも作れない。他方英国の銀行は、アーティストの話も聞いトくれるし、融資もしてくれるという。そうであればアーティストにこそ、コミュニティ・バンクのようなシステムが必要ではないだろうか。そんなことから、新谷さんにも登壇していただくことにした。

分野の違う人々が集まることによって、これまでとは違う刺激や対話が生まれること、これも「クリエイティブ」であることの要件だ。




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