中国人ベストセラー作家・余華(ユイ・ホア)氏の講演に思う第二部 未来を開く人と人との交流

藤井省三教授、余華氏、通訳:王小燕氏の写真
左より 東大文学部・藤井省三教授、余華氏、
通訳・王小燕氏
撮影高木あつ子

話は飛ぶが、出版などで日本で大活躍している段躍中(ダン・ヤクチュウ)さんは、中国人大学生の日本語コンテストなどを主催している。私は、段さんから昨年に続き、今年も、その採点を依頼され、9月に入って中国人大学生の書いた作文を大分読んだ。日本語の水準は驚くほど高い。内容はどれも感動的だ。作文の多くは、応募した学生が、日本語や日本人とのふれあいの中で経験したちょっとしたエピソードに触れている。昨年も今年も、日中の共生の可能性へふれた鋭い感性に満ちた作品が多かった。しかし、昨年は、学生が作文を応募する少し前に反日デモがあった。そのためであろう、学生たちも気分が上ずっていて、文章に心のゆとりが感じられなかった。雨降って地固まるというべきか、1年経って、このコンテストに応募する学生たちも少し突き放して、日本や日本人との関係を考えるようになったように見える。相手の長所、短所を鏡に映して、自分たちのことも考えるという姿勢だ。そのせいか、互いへの深い理解なしに、共生の道は見えてこない、というメッセージが増えた。中国では今静かな日本ブームが見られ、村上春樹だけでなく、『菊と刀』とか『武士道』といった古典が多くの読者の心をとらえているという。私自身、中国の若者から、日本を理解するためのその2冊のあとに読むべき本はなんでしょうか、と聞かれたこともある。「近くて遠い国」にならないために相手をもっと知ろう、ということだと受け止めたい。国対国の間でいざこざがあっても、民衆は交流を深め、共感を深め合うことができるし、それなしの国家間の友好とは虚構ではないか。日本にとって、こうした文化交流活動を進めることの重要性が理解される。両国のリーダーには、そういうひとびとの真の交流が進む政治・外交をしてもらいたい。

日本と中国との民間交流について触れたが、ついでに、最近の事件を通して見た日韓民間交流についての韓国の最有力紙『朝鮮日報』の東京特派員発の記事を紹介しておきたい。さる8月30日、東京港区で開催された、日本オリンピック委員会(JOC)による2016年夏季オリンピックの国内候補地最終選考委員会に関するものである。事前には、東京の圧勝が予想されていた(関係者の間では、当初から東京圧勝の出来レースだとさえいわれていた)。この選考会のハイライトは、両都市が起用した応援者の演説だった。双方の演説のあと、投票が行われることになっていた。記事は長いので途中部分を多少省略する。

「東京と福岡はそれぞれ6人の演説者を準備した。東京は国粋主義者として知られる石原慎太郎知事に加え、プロ野球選手、コメディアンら有名人を動員した。『一流都市東京、日本の誇る東京、1964年東京オリンピックの栄光よ再び』という内容だった。

だが福岡のプレゼンテーションは東京とはまったく違うものだった。そしてプレゼ ンテーションの山場で二人の韓国人演説者が登場した。4番目の演説者に在日韓国人2世の姜尚中(カン・サンジュン)東京大学教授が、5番目の演説者にはソウルのハニョン外国語高等学校2年生の崔多慧(チェ・ダヘ)さんという女子高校生が登場した。周囲からは意外だという反応が見られた。

1964年東京オリンピックをもう1度?これで世界の人を説得することができると思いますか。姜教授は東京でのオリンピック開催は金持ちの、金持ちによる、金持ちのためのオリンピックになると厳しく攻撃した。だが会場を感動させたのは、韓国と日本の友情を訴えた崔多慧さんのスピーチだった。皆がそれぞれの国に誇りを持ち、大人の固定観念を超え…世界の平和に1歩近づけるよう(福岡に)機会を与えてください。これには大きな拍手が起きた。

多慧さんは夏休みに福岡で開かれた日本の次世代リーダー養成プログラムに参加し、日本人の生徒たちと半月にわたって寝食を共にし、これが契機となってスピーチを行うことになった。多慧さんは(日本人の生徒たちと共に過ごしたことより)会話することでお互いに理解し、お互いを認められることが分かったと話した。

福岡が国内行事に韓国人を起用したのは、理念を訴えるためだ。多慧さんを演説者に起用した福岡側の関係者はアジア的価値を強調するためと説明した。石原都知事に象徴される閉鎖的な日本に対抗し、開かれた日本をアピールしたのだ。 胃がんの手術で会場には来られなかった王貞治監督もビデオを通じて福岡を応援した。台湾系の王監督は東京出身だが、福岡を本拠地とするプロ野球チーム、ソフトバンクホークスの監督だ。

投票の結果、東京の圧勝は食い止めたものの、奇跡は起きず、東京が候補地に決定した。だが福岡がこの日見せた行動や理念は日本の変化を感じさせる出来事として記憶されるべきものだろう。外国人の女子高生の呼び掛けに大きな拍手を送った行事参加者の度量にも驚かされた。多慧さんが経験してきたような草の根交流が数十年にわたって蓄積した結果だろう。 韓国人まで起用して石原に対抗し、その韓国人女子高校生を熱烈に支持してくれた福岡もまた、間違いなく日本の別の一面だ。

小泉時代の終わりを契機に、われわれも、このように多様な日本を、多様な角度から眺める姿勢を育てていきたいものだ。
鮮于鉦(ソンウ・ジョン)=東京特派員 」

この国内最終選考会で、JOC役員25人と競技団体代表30人の計55人の選定委員が投票を行い、33票対22票で東京都に軍配が上がった。しかし、福岡支持票は、事前の読みより約10票増えて、東京都知事以下の心胆を寒からしめたようだ。

福岡など九州の人は、「東京は遠いね、飛行機で2時間もかかる。ソウル、プサン、上海、台北より遠いもんね。」とよくいう。多くの九州の高校は、大分前から、韓国などの高校と提携し、学生の相互訪問、ホームステイなどは日常化しており、彼らは等身大の相手をしっかり見ている。

現在、ひどくしこっている日韓関係だが、一色でなく多様な日本を見ていこうというこの特派員記事に、韓国国民はどう反応しただろうか。民間交流をしている人たちは当たり前だと思ってくれただろう。私は基本的に楽観的だ。全てのことは、過去を生きた人から、未来を作る人の手にゆだねられていくのだし、どの国も国民の価値観の多様化をとめようもない。とすれば、ネットワーク時代には同じ価値観を共有する人たちの連帯が国境を越えて拡大していくことは不可避なのだから。

木下 俊彦氏の写真
木下 俊彦氏

◆木下俊彦氏プロフィール
早稲田大学国際教養学部教授
早稲田大学総合研究機構・プロジェクト研究所、日本アジア経営・技術統合研究所所長(毎月「早大中国塾」を主宰)
○略歴
1963年日本輸出入銀行(現国際協力銀行)入行。
ジャカルタ首席駐在員、財務部長、海外投資研究所長などを歴任。
1996年 同行退職。その後日本経済研究センター・研究委員、日本輸出入銀行・海外投資研究所顧問などを務める。
2000年早稲田大学商学部・商学研究科教授に就任。
2004年より現職
○専門分野
国際金融とくに直接投資、アジア経済、国際開発、国際企業経営、プロジェクト・マネジメント、経済協力。
日本輸出入銀行在職中より、現在にいたるまで、政府機関、学術団体などにおいて、数々の外部委員を歴任。

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