国際交流に携わって20年 ~ ソウル日本文化センターでの仕事を語る ~【1】

ジャパンファウンデーションの19番目の海外事務所として2001年に開設されたソウル日本文化センターの辛 承俊(シン・シュンジュン)職員が、6月から8月まで2カ月間、ジャパンファウンデーション本部(東京)にて研修プログラムに参加しました。この機会に、ソウル日本文化センターの活動と、辛職員の考える日韓交流、国際交流について話してもらいました。



研修の写真 ジャパンファウンデーション本部で
職員に話をする辛承俊職員

ソウル日本文化センターとは

ソウル日本文化センターは、2001年3月に開設されました。光化門駅と西大門駅の間に位置しており、ビルのワンフロアにオフィス・図書館・多目的ホール・日本語講座教室の4施設がそれぞれ1/4ずつのスペースを占めています。 また、浮世絵の復刻画、日韓の世界遺産の写真作品、韓国語字幕入りの日本映画のコレクションを所有しており、展示会や映画上映会などを行なったり、貸出をしたりしています。

日本と韓国は、2006年から2010年までの間「日韓文化交流5カ年計画」を打ち出し、様々な文化交流事業を行なっています。

酒席の約束がついに実現

例えば、今年(2008)年の11月には、「日本映画祭-小栗康平監督企画展-」と題して、小栗康平監督作品の上映と、韓国人映画監督や俳優との対談を予定しています。 この企画が実現するにあたっての、裏話があります。ソウル日本文化センターの初代所長が小栗監督の上映会を韓国でやりたいと言い、私も素晴らしい作品だと思ったので、企画を考えていました。しかし、作品数が多くないため、「小栗監督作品の上映会」というのは難しかったのです。そこで、2001年12月に行った光州の国際映画祭で小栗監督を招へいし、上映会を実現させました。ところが、国際映画祭の最終日に、小栗監督が「もうちょっと大々的な上映会を韓国でやりたい」とおっしゃられたのです。

実は、小栗監督が1999年に来韓したとき、親交のある韓国の映画監督や俳優と飲み会をしていて、「韓国で監督の上映会をやりましょう。私も全面的に協力します」と言われて、かなり期待をしていたらしいのです。韓国では、お酒の席で「協力します」「やりましょう」と盛り上がることはよくあるのです。それは、嘘ではないのですが、それが100%本当かというと、お酒の席での話はまあ、本気かもしれないし、そうじゃないかもしれないと言っておきます。これは、韓国人の文化かもしれませんが・・・。

それで、そのときに一緒だった、俳優のアン・ソンギさんや他の人たちに聞いたところ「よく覚えていないけれど、言ったかもしれないので、責任を持って協力するよ」と言ってくださり、今年の11月にやっと実現の運びとなったのです。

青少年のつながりを大切に

もうひとつ、みなさんにご紹介したい事業があります。それは、「李秀賢氏記念青少年招へい事業」です。

日本人を助けようとして、新大久保駅で電車事故に遭って夭逝した韓国人留学生の李秀賢氏を記念して2002年から行なわれている事業で、2008年で7回目になります。今までは招へい事業に参加してもらうだけでしたが、2年前から「同窓会」として、OBにも参加してもらうことを始めました。釜山まで行って李秀賢氏のご両親を訪問し、お墓参りをするようにしたのです。これによって、参加した青少年のつながりがずっと続いていくのは、大変いいことだと思います。

また、第1回目の参加者は当時学生でしたが、もう社会人になっています。このOBたちはソウル日本文化センターにとって、とてもよい人材だといえるでしょう。ですから、今後、例えば9月に行なっている日韓交流おまつりのボランティアをしてもらったり、というように、センターの活動に関わってもらうことを今考えています。

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