私もJFSCメンバーです 寺田則子さん −1−

JFSC会員で、中国、北京で日本語教師をされている寺田則子さんに日本語教師の仕事について伺いました。

2000年に初めて中国に足を踏み入れたのが瀋陽でした。瀋陽といえば中国の東北地区、遼寧省の省都です。静岡生まれの私が、マイナス26度まで下がる瀋陽でペンギンもびっくりの厚着をして死ぬ思いで冬を越したことを覚えています。また、5カ月近く日本人と会うことも無く過ごしたのは人生で初めてのことでした。けれども、この期間に中国のディープなローカル生活を味わうことができたことは今となっては逆に楽しい思い出です。

寺田則子氏の写真

授業の写真
エアコンのない教室でも暑さに負けず
授業を受ける学生たち

その瀋陽では中国東北大学が抱えるIT企業で日本語クラスを持ち、1年後には南下して天津の自動車工場で日本語を教え、2002年からは北京の国立大学で日本語を教えてきました。この北京の大学の中には3年制の短期大学があり、中国で3年間日本語と専門を学んだ後、日本の大学の3年次に編入するという3+2方式の留学コースを中国で初めて開設し、現在までに日本の5つの大学へ計6期の学生を送り出しています。この3+2留学コースというのは、今では中国でも見られる形となりましたが、2002年当時、日本の大学への直接編入学という形はまだ実施していなかったため、日本の大学の1,2年次と中国の大学の3年間のカリキュラムのすり合わせ作業、協定締結、面接試験実施、日本へ留学した学生の管理など、ゼロから手探りの状態でやってきました。(日中間のインターネット面接を初めて実施したのもこの学校です。)

誕生日祝いの写真
誕生日を祝ってもらいました

これまで何度となく難しい問題に直面しましたが、それでも「3年次編入でダブル学歴取得」の形であれば、学生が日本語学校へ行く時間が省け、自分がこれまで勉強してきた専門を続けて学ぶことができ、経済的にも約半分で済むというのは学生にとって大変有意義なことだということで、現在も継続して留学コースが続けられています。

私は、2002年からこのコースを担当してきてこれまで多くの留学志望の学生と付きあってきました。中国の学生の殆どはとても真面目で日本の大学に入っても優秀なのですが、多くの留学生の中には時々失敗をやらかしてくれる学生もいて、そんな時は日本の大学まで何度も頭を下げに行ったこともあります。そしてその度に学生に対して注意、警告を繰り返してきました。そういう点で私は学生から見たらうるさい先生かもしれませんが、それでも嫌というほど世話をやいてくれる存在は学生にとって必要だと勝手に信じて、学生とマメに連絡を取ることを忘れないようにしています。

昨年、中国のBBSシステムを利用して掲示板を開設し「中国国内の留学したい学生⇔日本に留学中の先輩」が交流できるプラットフォームを作りました。こちらでは、留学中の学生が作った夕飯の写真や日本国内の旅行をしたときの写真、大学のテスト時期の様子、日本に行ってからできた趣味(アニメなど)についてなど生活情報を載せてくれています。(怠け者の私が学生同志で交流してもらおうという魂胆ですが)北京の日本語教師の方の中にもSNSシステムを使って学生の日本語能力向上に貢献している方もいらっしゃいますし、パソコンの効果的な使い方についてはこれからもどんどん勉強していくつもりです。

学生の写真
編入試験を終えてほっとする学生たち

そして今年は、今所属している大学の将来の経営についても関わらせてもらっていて、中国の学校経営者と日本の大学との橋渡しや新しい学校経営の方法を勉強しています。教師を続けてきて、人生のこの時期に教育分野で教師以外の仕事を任せてもらえることを本当に嬉しく思います。学校の立場からみた運営の仕事をしつつも、学生の視点からみた「日本語の勉強」も忘れずに、そして毎日の仕事をしっかりこなすことによって日中の学校関係者両者からの信頼を得てプロジェクトが成功するようこれからも頑張っていきたいと思っています。

日本に留学している学生の大学を訪問した時の写真
日本に留学している学生の大学を訪問し、
激励することも

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