出雲とベツレヘム―音楽のかけはし【1】

チェンバーオーケストラのクラスの写真
チェンバーオーケストラのクラスにて。
写真右手はゾグビさんと指揮者の中井章徳さん。

キリストの生誕地ベツレヘムと、神々の集まる出雲、この2つの地域に音楽のかけはしがかかりました。

2008年2月、出雲芸術アカデミーの有志の方々からなる代表団が、ベツレヘム音楽アカデミーを訪問し、とてもすてきな交流をして帰国されました。きっかけは、国際交流基金(ジャパンファウンデーション)の「文化人短期招へい」プログラムで2006年8月、パレスチナ文化人として招へいしたサリーム・ゾグビ氏(ベツレヘム音楽アカデミー学長)が「出雲芸術アカデミー」(島根県出雲市)を訪問したことから始まります。ゾグビ氏はこの訪問に心から感激し、出雲で出会った皆さんをベツレヘム音楽アカデミーに招き交流の機会を持ちたい、と熱心に呼びかけ、両者はその後もコミュニケーションを続け、双方が資金集めに奔走した結果、その1年半後、出雲とベツレヘムの人々の心に「音楽の橋」がかかったのです。

今回、この「出雲とベツレヘム―音楽のかけはし」の代表、木村恵理さんにインタビューをしましたのでご紹介します(聞き手:ゾグビ氏招へい時担当 大川靜)。

分離壁の写真
分離壁

Q1.木村さんは、ゾグビさんの出雲芸術アカデミー訪問をどのような感覚で受けとりましたか?また、ベツレヘムを訪ねてほしいというゾグビさんのご希望をどのように受けとめられましたか?

木村: まず私個人としては、音楽に携わっている中で主にキリスト教についての知識や理解が どうしても重要なものだと、近年ずっと感じていました。私たちの演奏するクラシック、西洋音楽が発展したのはキリスト教の文化圏です。作品としても受難曲やミサといった直接的にキリスト教と結びついたものはもちろん、一見宗教とは関係ない作品の中にもキリスト教が土壌として横たわっていることに気づきはじめたところでした。そういった中で聖書を読むようになり、キリスト教のことについて学びはじめたところにまず、「ベツレヘム」からのお客様ということに正直、興味を抱きました。キリストの生誕地だからです。

またベツレヘムが、欧米や、アジアではなく、中東という普段ほとんど触れ合うことのない地域でもあり、そういった地域からのお客様ということでとても驚きました。またゾグビさんはアカデミーの活動に、そして我々の演奏に感動してくださいました。音楽を通じてお互い理解しあえたことをたいへん嬉しく思いました。

こういったことから、ゾグビさんがベツレヘムを訪ねてほしいとおっしゃったのはとてもありがたいお話でしたし、可能ならぜひ交流を続けたいと願いました。ただ一方で、中東に対する決して明るくないイメージを持つ私は、訪問するなら「ある覚悟」が必要ではないかとも少なからず思いました。もともとゾグビさんはオーケストラの子ども達に来てほしいとのお話をされましたが、それについてはそこにいた一同、最初から子どもを派遣するのはとても難しいことだとそれぞれ感じたということを、後にお互い話しました。もしも出かけるとしてもまず大人だけで行って、どういうところか見極めなければならないという意見が中心で、中には中東を訪問することそのものが現実的でない、と感じた者もいたようです。ムリもないとも思います。

Q2.いつ頃から、どのように、ベツレヘム訪問を実現化するために動かれましたか?楽団全体での派遣は難しいと判断された際に、「少しでも交流を続けることが大切。だからとにかく行ける人だけでも行こう」という声が上がったと伺っておりましたが…

木村:ゾグビさんとは出雲でメールアドレスを交換しましたが、帰られてからすぐ、出雲がすばらしかったという感想と、ベツレヘムに来てほしいこと、私(ファゴット)のために作曲中であるとの連絡を受けました。曲を作るってすごいことだ!と思い、「この人は本気だ」と感じました。

一方、世界を超えて理解される出雲芸術アカデミーを目指すという夢をもちながら、実際に認めてくださった世界からのお客様に対して「中東だから」(危険だから?)といった理由だけで交流できないというのが私は実は納得できませんでした。

いずれにしても、クラシック音楽に関わる身として文化として憧れ、理解したいキリスト教や聖書の地の方であり、またそんなにも強く交流を願っているゾグビさんとどうしても交流を続けたいと思いました。ゾグビさんと出会った時に一緒にいた中井章徳さん(出雲芸術アカデミー芸術監督・指揮者)も同感であり、「少しでも交流を続けることが大切。だからとにかく行ける人だけでも行こう!」という声があがったのです。

そこで仲間を集めるわけですが、確かに地域が地域でもあるので、演奏する曲目の「編成ありき」で考えることは難しいことでした。それは中東の不穏なイメージからもそうですし、経費的な問題もありました。「それよりも理解しあえる共感できる仲間で訪問し、その仲間でできることをしよう!」というアイデアに至りました。ただ、演奏の質は一定のものを満たすということを守りました。

Q3.いざ、資金調達ができ、出発に受けて準備をなさっている期間、どのようなお気持ちでしたか?

木村:本当に行くのかなぁと思いながらの毎日でした!中東に関するニュースが気になったりもしました。訪問のための準備として、現在に続く中東の長い歴史を学びました。そこであらためて様々な問題の根深さを知りました。現在はパレスチナ自治区とイスラエルの間には、イスラエル軍により作られた信じられないほどの高い「分離壁」があり、人々は自由に行き来できません。一方、「地球の歩き方」などの情報誌が、イスラエルについては2002年くらいで更新されてなくて、在庫もなく、古いものを図書館で借りたりしました。このただでさえ不安を抱えても無理のない地域に行くのに、情報が少ないのは実際大変でした。ちなみに2002年頃のその本には、「分離壁」についての情報がありません。2005年くらいから建設がはじまっているらしいので…

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