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【開催報告】日港友好年2005記念事業「早期港・日電影交流展」

【開催報告】日港友好年2005記念事業「早期港・日電影交流展」

日本と香港の合作映画が特集上映され、俳優の宝田明氏がセミナーに出席しました。

「早期港・日電影交流展」パンフレット

開催概要

催事名: 日港交流年2005 記念事業/早期港・日電影交流展
(Japan-Hong Kong Year 2005/Hong Kong and Japan: Early Co-production)
会期: 2005年9月23日〜10月9日
会場: 香港電影資料館(Hong Kong Film Archive)
上映作品: ●宝田明主演の日港合作映画4本
『香港の夜』(’61)、『香港の星』(’62)、『ホノルル−東京−香港』(’63)、『最長的一夜』(’65)
●日本ロケの香港映画3本
『斷鴻零雁記』(’55)、『海棠紅』(’55)、『蝴蝶夫人』(’56)
主催: 香港政府康楽及文化事務署(Leisure and Cultural Services Department)、香港電影資料館、国際交流基金(ジャパンファウンデーション)
上映される作品

上映される作品

セミナー風景

セミナー風景

宝田明氏

宝田明氏のトーク

宝田氏とファンの交流

宝田氏とファンの交流

2002年11月、日中国交正常化30周年記念事業としてジャパンファウンデーションが東京で開催した「香港映画の黄金時代 I」は、多くの観客を集め、なかでもその第1部「宝田明と尤敏(ユー・ミン)〜愛の“香港三部作”」は、映画産業全盛期の1960年代に日本の東宝と香港のキャセイ・フィルムが合作し、アジア各地で一世を風靡する大ヒットを飛ばした『香港の夜』(61)をはじめとする3作に、アジア映画交流史の視点から再びスポットライトを当てて話題を呼びました。

それから3年。「日港交流年2005」である2005年10月、「早期港・日電影交流展(Hong Kong and Japan: Early Co-productions)」と題された特集上映会が香港で開催され、この3作の“里帰り上映”を含む日港合作映画7本の上映会が、友好年の記念事業として実施されました。 また、併催イベントとして「香港又一夜−五、六十年代港・日電影交流(Another Night in Hong Kong)」と題するセミナーが、会期中の10月8日に香港電影資料館で行なわれ、“三部作”の主演男優として60年代のアジア各国で圧倒的な人気を誇り、現在も映画や舞台で活躍する俳優の宝田明氏が登壇しました。

“亜州電影王”宝田氏の久々の来港とあって、上映会の前売り券は完売、新聞やテレビなどマスコミ取材も多く、また往時を知る熱心なファンから若い世代まで、幅広い層から注目を集めることになりました。詰めかけた満員の観客を前に始まったセミナーは、宝田氏とファンの交流会のような親しみに満ちた和気藹々の雰囲気の中で進められました。

日港間の映画交流の歴史や、合作によって生まれるものなどについて、映画評論家の羅?(ロウ・カー)氏と香港嶺南大学の黄淑嫻(メアリー・ウォン)氏が解説したのを受け、宝田氏は、「日本も香港も、同じ東洋人同士とはいえ、文化や生活習慣、風土は当然大きく違う。それを認め合い、お互いの良い所は取り入れてゆく。そうして始まった“三部作”だからこそ、第1作の『香港の夜』から『香港の星』(62)、『ホノルル-東京-香港』(63)と、1作ごとに両国のプロデューサーたちはディスカッションを重ね、スタッフ・キャスト共に着実に階段を上っていった。また、それが観る人の心にも伝わり、日本や香港以外のアジアの国々でも多くの観客に受け入れられ愛されることになった。日港の映画製作システムには多少の相違点はあるが、“良いものを作って観客に喜んでもらおう”という情熱はどこでも変わらず、それが困難を克服する力となる」と語りました。

また、映画撮影中のエピソードや、シリーズ終了後も続いた香港の大女優、尤敏さん(故人)との交流の思い出、さらには尤敏さんの結婚と引退にまつわる秘話も氏の口から披露され、観客を大いに沸かせました。

観客からの相次ぐ質問にもユーモアを交えて答えた宝田氏が、最後にファンへのプレゼントとして、アメリカ映画『慕情』の主題歌「Love is a Many-Splendored Thing」を朗々と歌い上げる、というサプライズもありました。

会場から贈られた花束に、「皆さんからの親愛の印として、尤敏さんの墓前に供えたい」と応え、セミナー終了後も、観客ひとりひとりに丁寧にサインや記念撮影に応じるなど、まさに“日港友好”の一夜となりました。(ジャパンファウンデーションは、宝田氏の香港への派遣をはじめ、上映会全般に関する支援を行ないました。)

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