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「山海塾 ロシア・東欧公演」を終えて天児牛大氏(山海塾主宰)・国際交流基金理事長 藤井 宏昭 対談

こちらの事業は、旧機構時のものです。
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 1999年1月13日 於:国際交流基金理事長室


  • 山海塾写真

    「卵を立てることから−卵熱」
    (C)坂本正郁

  • 国際交流基金は、日本の優れた舞台芸術を海外に紹介する海外公演主催事業として1998年9月から10月にかけての1カ月間「山海塾ロシア・東欧公演」を行なった。
    演目は「卵を立てることから−卵熱」。
    公演地は、モスクワ、ブダペスト、プラハ、キエフおよびビルニュスの5カ国5都市。
    公演数は各都市2回計10公演。集客、観客の反応マスコミのカバレッジ共上々であり、大好評を博した。


「観客が何か獲得できる」
作品を提供しなければ受け入れられない


藤井 宏昭(国際交流基金理事長) 国際交流基金は、山海塾が海外公演を始められたごく初期の段階から助成などでおつきあいさせて頂いておりますが、今回、ロシア・東欧ツアーで初めて主催公演に参加して頂きました。

天児 牛大氏 このツアーは、山海塾としてはとても待ち望んでいた企画だったんです。ロシアや東欧の旧共産圏諸国からこれまでも公演のオファーを受けているんですが、現地の経済的な事情から「はい、行きます」とはなかなか言えません。山海塾は、ツアーまでに37カ国で公演を行なっていますが、今回の5カ国は行けていない国だったんです。
 公演をやるのであれば作品のクオリティを落とさずにやりたい。それは、創作者としては最も望むことです。一方で、劇場の設備や受入側の経済状況には困難さがある。ここが、難しいところなんですね。ですから、こういう国で公演する機会を頂けたのは、大変嬉しいです。

  • 藤井
  •  観客の反応は如何でしたか。現地の日本大使館や基金事務所からの報告によると、会場は大変な興奮に包まれたと聞いていますが、実際にどういうふうに感じられましたか。観客の反応は、例えば西欧と違いますか。

  • 天児
  •  今回の公演国は、それぞれ文化的な独自性とある強さ、それと伝統を持っていますね。これまでコンテンポラリーなものの公演は少なかったでしょうけれども、目、あるいは耳がとても養われた人たちだと感じました。そういうなかで、今回とてもいいリアクションを受けたということは、西欧でと同じように受け入れてもらえたのではないかと思います。
     西欧との違いがあるとすれば、平板な言い方ですけれども、やはり表への出し方が、ラテン系は直截的だし、スラブ系はじっと受けとめる、という違いはあるんじゃないかと思います。資質も微妙に違うと思います。
     ただ、いろいろな公演を見に行なって経験することですが、「作品によって観客自身が何か獲得できるものがない」ときに拒絶するというあり方は、西欧も東欧も、非常にはっきりしているんじゃないかと思いますね。つまらなければ、すぐ出ていってしまうし、自分で何か獲得できる要素があると思えば見続ける。いわば、一つの自己化というんですか、それは両方に共通していると思います。


テーマは人間のもつ感情の"根"


  • 藤井
  •  天児さんの創作のテーマ、モチーフはどういうものですか。

  • 天児
  •  山海塾は、日本人で組んでるグループですから、日本人の感覚がベースにあるわけですが、1980年に初めてフランスで公演し、それをきっかけにしていろいろな国で公演するようになり、毎日違った文化をシャワーのように浴びるという状況に入った。そのときに一番感じたのは、文化というのは違いがあるからこそ文化であって、"違い"とか"独自性"というのはとても大事なものだということです。
     一方で、私の仕事は舞踊であり、その根にあるのは体あるいは人間ですから、違いと共に、普遍性がとても重要なことだとも思いました。日本のグループであることと、体あるいは人間というベースとに共通するものを自分のなかで追いかけてみたいというのが、外国へ出て以降、一つのテーマになったのではないかと思います。
     どこの国の人でも、個として見た場合、生まれて始まり、死を迎えて終わる。それは、非連続の状態です。しかし、人間ということを考えた場合、そこには生命から生命へつながっていく、いわば、大きな川の流れのように連続するつながりがある。今振り返って見ると、自分のなかでテーマ化してきたものは、人が持つ感情、例えば嬉しいとか楽しい、悲しいという"根"のようなものだったのかなと思います。

天児氏写真

天児牛大 氏
(あまがつうしお)
“自分のなかでテーマ化してきたものは、人が持つ感情、例えば嬉しいとか楽しい、悲しいという"根"のようなものだったのかなと思います。”
山海塾主宰。舞踏手・演出家。1949年神奈川県横須賀生。1975年に舞踏「山海塾」を創設。現在のヨーロッパツアー終了後、5月には、昨年パリ市立劇場で発表した新作『遥か彼方からの−ひびき』を、滋賀県芸術劇場びわ湖ホール(日本初演)・銀座セゾン劇場にて上演予定。


劇場の機能全てを提供する
パリ市立劇場


藤井理事長写真

藤井 理事長 “フランスでは創造から上演と鑑賞に至る複合的な基盤が整っているようですね”

藤井



天児
山海塾は初めての海外公演でフランスに行かれ、その後パリに海外拠点を置いておられるわけですが、そのあたりをお聞かせください。

 最初にフランスに行くことになったのは、人との出会いからですね。最初からそこと決めてたわけではないんです。
 1980年に初めて行き、幸運なことに81年に、パリ市立劇場から新作と旧作の2本をやらないかという話を頂いたんです。その時に、クリエーションの部分は劇場が共同製作として支援するのでどうかという条件だったんです。それ以降、2年に一度のペースでコンスタントに続けてこられて、昨年12月にも新作をやりました。ですから、81年以降はパリの市立劇場がワールド・プルミエールの場になっています。これは、ストレートに言いますと、条件がいいからなんですね。
 というのは、そこでの公演が新作を発表する場なので、そのために劇場は1週間、他のプログラムを全部とめて、劇場のスタッフ、照明から何からすべて提供してくれる。劇場が新作発表の前に準備期間を十分用意してくれて、構築をするための試みというか、実験をやれる余裕を与えてくれている。
 パリ市立劇場は貸し館をやりません。主催公演のみですから、そのプログラムに入るということは宣伝媒体も含め、劇場の機能を全て提供されるということです。いわば、現地の環境にそのまま入っていけるんです。ところが、劇場を借りてやるとすれば、そうはいかないのではないでしょうか。
 また、劇場の上に稽古場があって、下の劇場と同じ大きさのスペースなんです。それで、実尺で稽古ができるということもあります。
 最近ですと、市立劇場とは別に、C.N.D.C.(フランス国立舞踊センター)が、協力という形で1カ月か1カ月半くらい稽古場と居住空間を提供してくれるので、そこで集中的に稽古ができるんです。
 国が、金銭的なバックアップだけではなくて、創造のための環境や設備も併せて支援してくれることは、作品をつくっていく上でとても助けになることですね。


文化支援の複合的な基盤


  • 藤井
  •  批評に関しては如何ですか。先ほど観客の話が出てきましたが、非常に鋭くいいものと悪いものをかぎ分ける観客の存在は大きいと思うのですが。


  • 天児
  •  基本的にアートとエンターテイメントとはテーブルがはっきり分かれています。フランスの場合ですと、アートに対しては国、県あるいは市が主催事業として位置づけ、公立の劇場で公演を行ないます。つまり、公(おおやけ)の財源でハード面とソフト面がカバーされることになります。観客は、安いお金で観ることができるわけで、どうしてそうなっているかを非常によくわかっているんです。
     一方で、観客は、安いんですけれどもチケット代を払っている。そこに自分個人の金銭が加わっている。そこで、自分の納得できない作品が続いたりすれば、これはもう口さがないわけですね。獲得と拒絶する権利が同居していると言いましょうか。それが、見る目と共に口さがない立場ともなるんじゃないかなと思うんです。観客が作品を批評、批判しつつ観ていく。それがチェック機能としていい意味で働いているのではないでしょうか。


  • 藤井
  •  創造から上演と鑑賞に至る、複合的な基盤が整っているということでしょうね。


  • 天児
  •  そうですね。他国の人間であっても、レジデンシャルに関してはアパートメントと稽古場が提供される。それに対し求められるのはクレジットを表記するだけですから、受ける側としてはとてもクリアです。しかし、逆に言えば、それに耐えるだけの作品をつくらなければならないということですが、私としてはやりやすいです。見返りを彼らは要求しないですから、あるとすれば「作品」ということになるわけですね。


  • 藤井
  •  フランスで活動すると、フランス以外の国で踊るチャンスも増えますか。


  • 天児
  •  そうですね。作品を発表すれば、翌日には他国のディレクターが「こういう評価の作品ならもう知っている」ということになります。舞踊なら舞踊、演劇なら演劇のチャンネルがあり、ヨーロッパ全域で公(おおやけ)と公のネットワークがとても強いですから。協力関係ができています。こういった意味では、パリで公演したところから、翌シーズンあるいは翌々シーズンの公の主催事業のためのオファーが始まり、1年後あるいは1年半後の公演の契約につながっていくという展開がありますね。


  • 藤井
  •  そのあたり、日本とヨーロッパでは違いますか。


  • 天児
  •  それは残念ながら。日本ですと、東京ですばらしいものをつくっても、その情報が伝わりにくいということがありますね。ヨーロッパは地続きということもあるのでしょうが、やはり、頻繁に行き来している事実があるということですね。


現地の"目と耳"の人たちとの連携
古典からコンテンポラリーまでの幅をもった文化交流


  • 藤井
  •  日本の国際文化交流について、お聞きしたいのですが。


  • 天児
  •  今回のロシア・東欧公演に際して、極力ネイティブの方を主眼においてほしいというのが、私のお願いしたことでした。現地には現地の"目と耳"の人がいるわけです。それは、専門的に係わっている人も観客も含めてですけれども、少なくともこういうものに何十年と携わったり、観たりしてきている方がいるのです。重要なのは、彼らとの協力体制だと思います。現地のオーガナイザーとうまく連携を組むことにより、見たい、また、見せたい観客に見せるための最も効果的なアレンジが可能になると思います。
     それまでの関係で、日本に対して既に親近感を抱いていて、とても友好的な方々のグループも勿論ベースとしてあるのでしょうが、より広げたところへのオーガナイズといいますか、今まで全然関心がなかった方の関心を呼び起こすというか、それが可能ではないかと思います。今回の公演では、準備段階からそういう方向で進めて頂いたので、望んだような形になり、とてもよくやってくださったと思っています。


  • 藤井
  •  おっしゃるとおりです。日本の文化に理解と関心をもってくださる親日層は大変重要ですが、一方で、それらの方々だけに主眼をおいて文化交流を進めていくと、それ以外の方々が疎外されるか、あるいは誤解してしまう。「日本というのは相変わらずああいう国なのか」というステレオタイプで整理されてしまうところがあります。多方面の人々の関心に応え、今日の多様な日本の文化をありのままに紹介していく、それが日本の文化交流の基本ではないでしょうか。
     例えば、文楽公演が昨年、フランスで大成功を収めた。一つの状況としては、日本の伝統文化についていうと、時々ジャポニズムがはやって、西洋の一部の方が高く評価してきた。ところが、昨今、フランスを主として、ヨーロッパ、また、それ以外の地域でも、日本の伝統文化というのは優れたものだという認識が広範かつ広い層に広がってきつつある。それは我々にとって大変すばらしいことだと思います。それと同時に、今日の日本が、伝統文化を含めて、あるいはそれをふまえて、どのように新しいものをつくっていくか、そういうもところも理解してもらいたいですね。


  • 天児
  •  そうですね。古典からコンテンポラリーまでの幅をもった文化の交流というのはとても大切なことだと思います。


藤井理事長と天児氏の対談写真



古典のもつ普遍性


  • 藤井
  •  天児さんは、コンテンポラリーと伝統あるいは古典とを、どう意味づけておられますか。


  • 天児
  •  私のいうコンテンポラリーとは、伝統といったものに対する反抗とか否定ということでは全くないんです。例えば、能や歌舞伎にしても、社会状況のなかから練られて出てきたものです。その時代がつくったんですね。それをいま現在でもそれほど大きく変わりなく観ることができる。日本の洗練と様式に対するこだわりですね。これは世界でも稀有な例です。私にとって勇気づけになるのは、それが生まれてきた過程であり、その時代にとってはコンテンポラリーだったことです。
     今、自分がやっていく上で、各々が持つ"人"というものを考えた場合に、"根源"あるいは"根"に触れる部分での普遍性というものが重要だと思うんです。時代状況は違っても、そういうものがあるということは、とても勇気づけになるんですね。このように古典というものを考えたいなと思います。


  • 藤井
  •  天児さんは長らくアーティストとしてダンスに係わって来られたわけですが、今後のこととして、日本のダンスの環境とか創造の環境とかについて、働きかけをしていこうというような気持ちをお持ちですか。


  • 天児
  •  基本的にはオーガナイズとクリエイトとは、テーブルが全く違うんですね。確かに長く現場を踏んでいると、見えてくるものがあるわけです。あくまでも作品をつくることで、影響していければというのが基本的な考えです。勿論、何らかの形でやれることがあれば、やっていく意思というのはないわけではありません。ただ、それはそれで困難な仕事ですしね。


  • 藤井
  •  長いあいだどうもありがとうございました。
    今後ともご活躍をお祈りいたします。

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