今から120年前、日本を訪問したトルコ船エルトゥールル号は、和歌山県串本町沖で遭難し日本人によって救出されました。その恩を今でも忘れないトルコで、「2010年トルコにおける日本年」として更に両国の関係を強めようとしています。
●派遣先機関の日本語講座
私が派遣されている土日基金文化センターは、トルコにおける日本文化紹介、文化交流の中心になることを目指して設立された機関で、私はその日本語講座に所属しています。一般市民を対象とした講座も今年開講10周年を迎えました。当センターはトルコの首都アンカラの「オラン」という地区にあります。ここは、街の中心地から少し離れたところにあります。しかし、「Or-an」は昔「Orta(=中央) Anadolu(=アナトリア)」、つまりアナトリア地方の中心と言われていたところだそうです。このようなOr-anが、日本語・日本文化の中心になるべく、これから益々大きくなっていけるよう、スタッフとともに日々努力を重ねています。
○学習者のようす
受講生も高校生から大学生、社会人まで幅広い人たちが勉強しています。中には、夫婦で通っていたり、娘さんが高校生になったら一緒にこの講座に通うことが夢だというお父さんもいます(当講座は基本的に高校生以上が対象です)。日本語を学ぶ目的も、理工系の大学生は文部科学省の奨学金に応募するためだったり、幼いころから日本文化や日本語に興味があったりと、さまざまです。最近増えてきているのが高校生の受講生で、もっぱらサブカルチャーに興味がある場合が多く、同じ趣味を持つ仲間たちと楽しく勉強しています。また、トルコでは、剣道や柔道、合気道など、日本の武道が盛んで、教師の「始めましょう」という言葉を聞いて、武道の「始め!」という合図を連想する初級の学生もいます。
○教師と講座運営
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授業は主に土曜日と日曜日に行われています。授業の半分をトルコ人教師、もう半分を日本人教師が担当しています。トルコ人教師は全員トルコの大学で日本語教育を専攻していますので、受講生が楽しく効果的に日本語が学べるように、日々いろいろな教え方にチャレンジしています。そして、週に1回行う講座会議では、毎回の授業反省や受講生の様子を教師間で話し合うとともに、専門家として適宜アドバイスを行いサポートしています。また、言葉を教えるだけでなく、日本料理に触れるきっかけとして「すしパーティー」を開いたり、アンカラに住む日本人を授業に招いてインタビュー活動をしたり、通常の授業以外にもいろいろな活動を行っています。
●トルコ国内の日本語教育
現在、トルコ国内では1800人程度の人々が日本語を学んでいます。その学習者たちが所属している教育機関は、主に大学などの高等教育機関なのですが、最近では高校や私立の小中学校での教育も始まりました。これから、益々すそ野が広がっていくのが楽しみです。
いろいろな教育機関を訪問するたびに感じるのが、大学の主専攻で日本語を学んだ学生たちの卒業後についてです。進路で悩んでいる、なかなか就職が決まらないという話も聞きます。これらの傾向は、日本語学科卒業の学生だけではなく、トルコ全体の問題でもあるということですが、例えば、初等・中等教育での日本語教育がもっと普及すれば、トルコ人教師の需要が増え、少しは解決できるかもしれないと期待しています。また、公立学校の常勤講師になるためには、KPDS(カーペーデーセー)という統一試験でいい結果をとり、更に毎年国が決める語学の教員枠数に空きがなければならないそうです。英語教師を希望する場合、TOEFLなどの試験で代用可能とのことですが、日本語教師を希望する場合、世界中で行われている日本語能力試験を代用することはまだできないそうです。これは、トルコ政府にこの存在があまり知られていないというのが原因だと思うので、ぜひ広報していきたいところです。
トルコでは、毎年秋にアンカラ、春にイスタンブルと2か所で弁論大会が開催されています。アンカラ弁論大会は土日基金文化センターのホールで行われ、私も実施・運営・審査協力を行っています。優勝者の副賞は日本研修旅行ということもあり、毎年多くの応募があります。初級カテゴリーの参加者のレベルが年々上がっているということですから、トルコの日本語教育が盛んになっている表れと言えるでしょう。
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文化紹介のイベントも盛んです。特に、今年は「トルコにおける日本年」ということでトルコ国内でも様々な文化事業が行われています。例えば、日本語教育で長い歴史を持つアンカラ大学日本語・日本文学科の学生たちが、日本語キャラバンを行っています。書道、浴衣、草履、日本人形、折り紙、日本の踊り、武道など、日本文化サークルや団体がまとまって、トルコの地方都市へ出かけてゆくのです。そこで、日本や日本文化を自信を持って紹介しているトルコ人学生たち。これからのトルコと日本の大きな架け橋になってくれることを期待しています。

