![]() 3年生たちとともに |
着任して3年。離任を目前に控えた時点での雑感を現場からお届けする。
ブルガリアにおける日本語学習者数は依然として増加し続けている。日本語教育機関に在籍する学習者数――つまり公的に――も1,000名内外というところにまで増えてきているし、最近は、独学している、とか家庭教師について学習している、という人たちからお便りをいただく機会も増えており、実数は2,000名程度にまで行っているのではないかと推測している。充実が窺えるのは数的な側面だけではない。毎年4月に行われている全国弁論大会における上位入賞者の発表の質を見ても、たった3年前と比較しても格段の進歩が見られると判断しているのは私だけではない。良質の発表を刺激・モデルとして来年以降学習・発表の更なる質的向上が期待される。また数的にもこの大会への出場希望者数の増加に伴い、そろそろ地区予選導入の検討を開始すべき段階に来ていると思う。
さて、私の毎日であるが、ソフィア大学に席を置いているからといって、もちろん専門家としての業務が学内に限られているわけではない。2年前に設置された日本語指導助手の中尾有岐さんとの二人三脚で行っているブルガリア全体の日本語教育へのお手伝いも重要な仕事であり、実は日々の業務のおそらく7割ぐらいは主としてブルガリア教師会を通じて行うそのような全国的な仕事であったと言ってよい。日本の大学に10数年籍を置いてきた私にはこちらでの週6コマ(12時間)の科目担当を中心とする学内業務が大きな負担になるということはなかった。だから、心理的には日常業務の8割以上が全国への目配りをしながら行う類のものだったという感さえある。しかし、だからと言って学内業務が楽なものだったと言っているわけではない。教育・研究にゴールというものがない以上、十分に満足すべき状態というものは永久に得られない。それでも、自分の授業に恒常的に出席して学習していた者を教え子と呼ぶ傲慢が許されるならば、今年10月の時点ではその教え子の内の十数名が研究留学生・日本語日本文化研修留学生として日本に留学していることになることに思い至った時、一応私はこの3年間ベストを尽くしたのだと自分に言い聞かせることは許されるのではないか。
その他で言えば、任期終了後の会長就任が決まっているブルガリア日本語教師会(http://nihongo-kenkyuukai.blogspot.com/)での毎週の研究会の司会、有志によって運営され、立ち上げ後2年で収録項目数3万を超えた『ブルガリア語−日本語−ブルガリア語フリーオンライン辞典』(http://jiten.eu/home)の運営、今年スタートし毎年1点の刊行を計画している、国際交流基金助成にも採択された、これも有志による「日本近現代文学翻訳・出版プロジェクト」への助言、などが主なところであろうか。
一般的に、専門家は任地において仕事を進めるうちにその地を愛するようになる。私も例外ではなかった。優秀かつ熱心な学生や教師たちを同志として仕事をしていればそうならないほうがおかしい。任期終了後もここに残ることにしたのもそれが理由だ。
上記のような恵まれた環境で仕事をするのだから、課題や困難はと問われてもそう呼べるだけのものはほとんど見出せない。あるのは、主として文化や実力の違いに起因する、ある種の摩擦のようなものだけだ。それは研究・教育である以上多かれ少なかれ世界中どこにでも存在する。
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恐らく、日本語専門家に対する最終的な「問い」となるものは、専門家自身が彼らの熱意と実力に応えられるだけの「力」を持った人物であるか否か、そして、もし幸いにしてそうであるならば、ではそうあり続けることができるかどうか、ということだろう。
外国で仕事をするということをお考えの方へ私がアドバイスできることがあるとすれば、ただ一つ、「勉強してください」ということだけである。
