私たち日本人にとってウクライナは「新しい国」という印象が強いかもしれません。確かにウクライナは16年前にソ連の解体によって独立した若い国です。しかしその歴史は古く、首都キエフは11世紀頃のロシア地域の中心、今でも当時の繁栄の跡を恵まれた自然に調和させて残す美しい街です。芸術や文化を愛する人びとが住むこの国には約2000人の日本語学習者がいると言われています。
ウクライナで日本語教育が本格的に開始されたのは1990年代初頭。それ以前は日本語を専門的に学びたい人はロシアのモスクワまで行かなければならなかったそうです。国際交流基金は90年代中頃から、ウクライナを代表する日本語教育機関、キエフ国立大学(以下「キエフ大学」)とキエフ国立言語大学(以下「言語大学」)を中心に日本語教育専門家派遣等の支援を続けており、そろそろその成果が実りつつある時期です。
現在、ジュニア専門家は言語大学とキエフ大学に兼任という形で派遣されていますが、主な業務は、それぞれの大学で授業を行うことと、ウクライナでの日本語教育をウクライナ人自らがウクライナに合わせて発展させていくための支援をすることです。当面の目標は、学習者の日本語力の育成、教師の日本語力や日本語教授能力の向上、学習環境の整備です。
![]() キエフ大学1年生 |
日々の業務について述べると、キエフ大学では1年生の授業を担当しています。普段はウクライナ人教師とチームを組み、同じ教材を使って文法を中心に教えていますが、2週間に1回は教科書を離れた授業を行っています。この授業の目的は、教師主導の学習スタイルに慣れている学生に自律的に学習する方法を身につけさせること、できるだけ生の情報に触れさせて本当に「知りたい」「話したい」と感じさせることの二つです。授業は試行錯誤の連続ですが、学生はいつも活き活きと、時に歓声をあげながら授業に取り組んでくれます。彼らを見ていると、未知の情報を分析し、肯定的に受け入れる経験を積むことは、一つの言語を記号として身につけるより、ずっと重要なことかもしれないと思う時があります。
![]() 言語大学日本語クラブ |
言語大学では1年生から3年生までの会話を担当しています。授業では日本人教師の私自身が即、教材になりますが、より多くの日本人との橋渡し役となるよう、授業にゲストを招きディスカッションやインタビューを行うこともあります。また、放課後に「日本語クラブ」を学生と一緒に企画・運営し、映画やアニメ、音楽などの現代文化に触れたり、日本人留学生と交流したりする活動を行っています。というもの、言語大学には優秀な学生が多いのですが、残念ながら日本の提携大学がなく、日本に留学できるのは日本政府の奨学金を受け取れる数人に限られています。留学経験のない学生にも日本を身近に感じることで、新たな学習の意義や意欲を見出してほしいと思っています。
その他、学外の主な活動にウクライナ日本語教師会があり、この教師会は、毎月会議や勉強会、イベントを行っています。中でも私にとって思い出深いのは子供の発表会です。今年度は幼稚園から高校までの30名以上の子供が、日本語で劇や歌を披露してくれました。可愛らしくも懸命な発表からは普段の努力が感じられ、その思い出は私の励みになっています。他に全国規模の行事として、日本語弁論大会、日本語能力試験、日本語教育セミナーがあり、ウクライナ日本センター日本語教育専門家の指導の下、他の教師会会員と協力して運営しています。これらの行事は日本語学習者や教師に、学習動機や達成感、連帯感をもたらし、能力向上や相互交流を促しています。また、ウクライナ全国の日本語教育関係者が関わる行事であり、新たな学習者の拡大にもつながる重要な行事です。このような行事を継続、発展させていくためには、流動的なウクライナの日本語教育事情を常に把握し、教師を中心としたネットワークを築くことが必要で、この点も業務の大きな課題です。
日本語教育の歴史が浅いウクライナでは、表面的な学習者数の増加や行事の発展の裏に、教師や研究者の層の薄さ、研究分野の偏り、カリキュラムの不備やウクライナ語での教材の不足などの問題があり、日本語教育に関しては発展途上であることは否めません。また、日本語を使う仕事が少ないなど、社会での需要不足も問題です。
しかし、国の独立と共に手に入れた、自らの国で異文化を自由に学ぶ機会。その機会を活かして活躍する学生や教師からは、日本や日本語への熱意を感じます。不安定な社会で実利が過剰に重視される中、習得に時間がかかると言われる日本語に興味や情熱を維持し続けるのは大変だろうと思いますが、それでも日本語を楽しげに学ぶ人たちがここにもいます。先述のとおり様々な問題はありますが、ウクライナの人々と、日本語と関わっていてよかったと思えるような経験を共有し、共に伸びていけたらいいと思っています。

