●全体的状況
【沿革】
1950年代に、ビシュババラティ大学に日本語講座(選択科目)が開設され、大使館・総領事館や印日協会などの友好団体による日本語講座が始まるなど、インド各地で行なわれるようになった。1970年代には、首都デリーにある2つの国立大学で、日本語講座(選択科目)が開設され、その後、ネルー大学では学士及び修士課程を、デリー大学でも修士課程を開設するなど、インド国内で日本や日本語に関する学位が取得できるようになった。学習者の増加を受け、2000年以降地方の大学でも日本語講座(選択科目)を開設する動きが活発化している。
初中等教育機関でも、1990年代後半から、一部の学校で日本語が導入されていたが、2006年に高校卒業試験実施機関のひとつであるCBSE(Central Board of Secondary Education(以下CBSE)約9,000校が傘下にある。)の選択科目の1つに日本語が正式に導入され、デリーを中心に日本語教育を行う私立学校が増えている。
★日本語教育略史へ
【背景】
インドでは、戦後の過酷な状況から復興した国として、また、先端技術を有する国として、日本への評価・関心が高く、対日イメージは良好である。日本文化としては、生け花、盆栽、折り紙、空手などが親しまれているが、日本のポップカルチャーは一般的ではなく、歴史的・地理的に近い欧米に比べると、日本や日本語に対する興味は一部の人々にとどまっている。
近年インド経済の成長は著しく、2000年頃から日系企業の進出や事業の拡大が続いており、日本語学習者の就職状況は好調である。産業界からは、技術やビジネスの専門能力プラス日本語能力が求められており、地方の大学での日本語講座(選択科目)開設や、民間日本語機関の設立増につながっている。
インド政府は1964年から「3言語政策」(初中等教育段階で、インド内の地方言語、国内の共通語であるヒンディ語、英語の3つを学習する)を推奨してきたが、1990年代の経済開放政策を受けて、従来選択されていた地方言語のかわりに外国語を導入する私立学校が増えており、中には日本語を選択する学校も出てきている。
【特徴】
1970年代までは、日本研究など一部の人しか日本語への関心はなかったが、日印の経済発展とともに、就職や留学を目的とした実用志向の日本語学習者が増加した。その結果、日本語講座(選択科目)を開設する大学や民間日本語機関は増えたが、大学の日本・日本語学科は1970年代の3校より40年近く新規に開設されず、ここ数年ようやく新たに2校で開設された。大学での学科開設が困難な理由としては、1つ目には、国公立大学などでは財政問題や意思決定に時間がかかるなど組織上の問題がある。2つ目には、言語教育が学問領域として認知されにくい社会背景がある。これは世界的傾向でもあるのだが、特にインドは多言語地域であることから、「言語は手段」という意識が強い。3つ目には、現在の国際労働市場が求めるのは、専門能力があってこその外国語能力であるため、主専攻で日本語を学ぶことが現在の学習者ニーズに合っていないともいえる。したがって、インドでは、学校教育外の学習者数が全体の80%近くを占め、主専攻で日本語を学ぶ学習者が全体の2%程度と少ないことが特徴的である。日本語主専攻の卒業生の多くは産業界に、一部は日本研究に進み、日本語教師志望者はほとんどいない。
初中等教育段階は、公立学校ではなく、首都デリー近郊の名門私立学校やインターナショナルスクールで日本語教育が実施されているのが特徴的である。民間日本語機関については、学位や証明書重視の社会であるため、日本語能力試験(以下、JLPTとする)対策を重視する機関が多いことが特徴といえよう。
●最新動向
遠隔教育を行なうインディラガンディー国立オープン大学(IGNOU)では、英語、ドイツ語、フランス語、アラビア語、ウルドゥ語に加えて、2008年に日本語とスペイン語を開講した。
初中等教育段階では、2006年にCBSEの6年生(12歳)の選択科目の一つに正式に日本語が導入された後、順次導入され2009年現在、12年生(18歳)までの導入が決定し、6年生から12年生まで一貫した日本語教育が行えるようになった。また、ムンバイがあるマハラシュトラ州では、2006年に11〜12年生(17〜18歳)に日本語が導入され、2007年度(2008年実施)には12年生の統一修了試験で、日本語科目の試験が行なわれた。
日本企業の進出や日本とのビジネスの拡大により、日本語学習者は引き続き増加傾向にある。JLPTの受験申込者も増え、2007年にバンガロールでも実施されたのに続き、2008年には新たにムンバイで実施され、これによりインド全土の6ヶ所で実施したことになる。民間企業の日本語人材の引き合いは加速しており、JLPT2級取得者は売り手市場で、3級取得者でもBPO(Business Process Outsourcing)への就職は容易である。
●教育段階別の状況
【初等・中等教育】
先に述べた3言語政策によって、CBSE傘下のデリー近郊の名門私立学校を中心に、2009年現在、約40校で、日本語教育が実施されている。日本語導入は学校裁量なので、今後導入する学校が増えるかどうかは予測できない。
これらの私立学校では、英語が教育言語として使用されており、3言語政策に従うと、英語、ヒンディ語の他に、フランス語、ドイツ語、ロシア語、日本語、ウルドゥ語、サンスクリット語など8言語の中からもう1言語選択できることになる。インターナショナルスクールでは、他にもスペイン語や中国語が選択できるところもある。生徒たちが、日本語を選択する背景には、先端技術を持つ日本への憧れ、両親の勧め(日本に関連した仕事、日本留学経験)、カリキュラム編成上履修しやすいなどの状況がある。ポップカルチャーは一般的ではないので、その理由で選択する生徒は多くないようである。
2009年現在、約40校で日本語教育が実施されているが、課外授業として行われている学校もあれば、正課として行なわれている学校もあり、また人数も3〜5人程度の少人数クラス学校から、40人規模の大人数で実施されている学校まで、実施形態はさまざまである。6〜8年生の日本語の授業は、1回35分×週2回、年間学習時間は40時間程度である。9年生からは年間学習時間も150時間程度に増えるうえに、10年生と12年生終了時には卒業試験もあり、この試験の結果は大学進学に大きく影響する。教師は、民間日本語機関か大学の日本語講座(選択科目)で学んだものが非常勤講師として教えている場合がほとんどである。他の科目を教える現職の初中等教員に初級日本語を教える研修が2006年から実施されており、2009年現在10数名が修了した。
デリー以外の地方の場合、3言語政策に従うと、地方語、英語、ヒンディ語の3つが選択され、他の外国語を取り入れる余地はなくなるため、日本語教育は、今後もデリー近郊の私立学校を中心に実施されていくと予想される。
【高等教育】
インド全土で日本関連の学位課程を持っているのは、ビシュババラティ大学(学士、修士)、ネルー大学(学士、修士、博士)、デリー大学(修士、博士)、ティラク大学(学士)、中央外国語大学(学士、修士)の5校であり、その他は、日本語講座(選択科目)となる。学位課程を持つ5つの大学に所属する教員は、少ない人数で学術研究をしながら言語教育を行なうため、言語教育は非常勤講師に任せざるをえない場合もある。日本語講座(選択科目)のみの大学は、非常勤講師しかいないところも一般的である。しかし、大学教員不足は、日本語講座に限ったことではなく、好調な経済状況の中、学位取得に時間がかかる上、待遇がいいとはいえない大学教員へのなり手は少ない。インド政府は、2007年から大学教員の定年を60歳から65歳に引き上げたり、70歳まで非常勤講師として採用ができるようにしたり、給与を引き上げたりしているが、深刻な教員不足の解消に目処はたっていない。日本語講座(選択科目)に在籍する者は、技術専攻の学生や一般社会人で、卒業後企業に就職する。
【学校教育以外】
JLPT2〜4級対策講座を中心に開講されており、企業内研修を請け負う機関もある。友好団体は、日本語講座以外にも文化活動紹介にも熱心に取り組んでいる。教師は、主婦や本業を持つインド人がパートタイムとして教えている場合が大半である。南インドや西インドの大手企業では、日本から直接日本人講師を採用して社内教育として日本語を教えているところもある。日本に派遣されて、ソフト開発を行なうインド人技術者も多くなってきたが、英語で業務を行なうことが前提で、事前の日本語研修は行なわれていない。中には、事前に個人レッスンを受けたり、インドに帰国後日本語学習を始めたりする者もいる。
●教育制度
【教育制度】
(5+3)+(2+2)+3制度
州によっても異なるが、原則として次のようになっている。
初等学校(primary school) 1-5年生(5年間) 義務教育段階
上級初等小学校(upper primary school) 6-8年生(3年間) 義務教育段階
中等学校(junior secondary school) 9-10年生(2年間) 統一修了試験
上級中等学校(senior secondary school) 11-12年生(2年間) 統一修了試験
高等教育機関は、universityとcollegeに大別できる。universityは、日本の大学院レベルの教育及び学術研究を中心に、collegeは、日本の学部レベルの教育を中心に行なっている。修業年限は、基本的に、collegeが3年間、universityのMaster’s courseが2年間、M.Phil course(エムフィル、博士課程準備コース)が2年間、Doctoral courseが3〜5年である。このうち、Master’s courseは、ほぼ日本の大学学部4年生に相当し、M.Phil courseは、ほぼ日本の大学院修士課程に相当し、論文の提出義務がある。
【教育行政】
中央管轄の教育機関は人的資源開発省、その他の教育機関は各州の教育省の管轄下にある。
●言語事情
憲法では、公用語としてヒンディ語、準公用語として英語、他に21の主要公用語が定められている。中流階級では、多言語併用が日常的である。一人の人が、家庭内では母語を、学校や職場では英語やその他の外国語を使い、街では英語やヒンディ語を使っている。使用されている言語の総数はインド全体で800を越えると言われている。英語重視の社会的傾向の中で、地方語消滅が懸念されているが、地方語保護運動は政治活動と結びつきやすく、言語政策は非常にセンシティブな問題である。
●外国語教育
英語が教育言語となっている学校もあり、英語は別格の扱いをされている。他には、フランス語、ドイツ語、ロシア語、日本語、スペイン語、ポルトガル語、ウルドゥ語、ネパール語、アラビア語、サンスクリット語などが選択できる。
外国語の中での日本語の人気
現在でも、フランス語、ドイツ語の人気が高い。ここ数年東アジアの日本語、中国語、韓国語の人気が高まっており、日本語の人気が特に高い。
大学入試での日本語の扱い
ムンバイのあるマハラシュトラ州で、2007年度(実施2008年)の12年生の修了試験に日本語科目が採用され、14名が受験した。CBSEの10年生の日本語科目の修了試験が2010年度(実施2011年)に実施される予定。12年生の修了試験の実施も決定している(実施予定2013年)。
●教材
【初等・中等教育】
初等・中等教育段階の教材としては、CBSEと国際交流基金ニューデリー日本文化センターが協力して作成した、『うめ』『もも』(6〜7年生用教材)が主に使用されている。8年生用教材『さくら』は2009年に出版される予定である。また、9・10年生は『みんなの日本語Ⅰ』を使用することがCBSEのシラバスで決まっている。なお、『みんなの日本語Ⅰ』はインドでも出版されている。
【高等教育・学校教育以外】
高等教育機関の中で学位課程を持つ大学では、自主教材を使用している。また、大学の選択科目や民間機関では、初級レベルは『日本語初歩』国際交流基金日本語国際センター(凡人社)が使用されているが、近年、『みんなの日本語』スリーエーネットワーク(スリーエーネットワーク)や『初級日本語げんき』坂野永理ほか(ジャパンタイムズ)など日本で出版されている教材に切り替えるところが出てきている。中級レベルの教材は機関、教師によってさまざまで、日本で出版されているものが使われている。
●マルチメディア・コンピューター
大都市では、大学や寮及びネットカフェでのコンピューター利用が可能である。一般の個人や民間機関では、コンピューターの使用はそれほど日常的なものとなっていない。
●電波・有線放送
最新動向で述べたように、遠隔教育を行なうインディラガンディー国立オープン大学(IGNOU)が2008年に日本語を開講した。番組制作はせず、紙媒体の教材(音声や映像教材を含む)を提供し、地域のセンターでカウンセラーによる指導を受けられるという形態をとる。カウンセラーがいないと、開講できないので、当面バンガロールやプネなどの一部の都市に限られる。初級前半の内容で、1年で修了する。教材はインド人大学教員によって作成された。
●資格要件
【初等・中等教育】
専任教員は学士と教育学士の2つの資格を取得することが必要だが、私立学校は学校の裁量に任されている。非常勤講師は特に資格を必要とされていない。JLPT3級合格が採用の目安になっている。
【高等教育】
国公立大学の専任教員は、日本語学や日本学の修士以上の学位とインド国籍に加え、UGC ( University Grants Commission 大学助成委員会(以下UGC)) が毎年2回実施するNET ( National Eligibility Test ) に合格している必要がある。各大学が個別に雇用する常勤講師や非常勤講師については、各大学の判断に任されているが、おおむね専任教員と同じ資格が要求される。
【学校教育以外】
特に資格は問われない。教師会の中には、JLPT2級合格以上を入会資格としているところもある。
●日本語のネイティブ教師(日本人教師)の雇用状況とその役割
日本から日本人教師を直接雇用する一部の企業をのぞき、どの教育段階でも、正規に雇用されている日本人教師はほとんどいない。インド人を配偶者とする邦人、在留邦人、日本人留学生などが、非常勤もしくはボランティアとして授業をしている場合はある。
●教師研修
教師会や総領事館との共催で、国際交流基金のニューデリー日本文化センターの専門家が出講する1〜3日の教師研修会が、インド各地および南アジア各国で行なわれている。その他、国際交流基金日本語国際センターで実施される訪日研修には、毎年10人前後の教師が参加している。これに加え、JENESYSプログラム(2007〜2011年)による教師研修で、毎年8名前後参加できる。
●日本語教育関係のネットワークの状況
活動拠点をデリーにおく全国組織の教師会と、地域ごとの教師会が5つ存在する。教師研修会の共催、JLPTの実施、スピーチコンテストなどの開催、生け花・折り紙などの文化活動の紹介などを行なっている。教師会によって活動状況に差がある。現在までのところ、教師会同士の横の連携はみられない。
●最新動向
特になし。
★教師会・学会一覧へ
【初等・中等教育】
国家レベルのシラバスはない。CBSEの6〜8年生のシラバスは、国際交流基金ニューデリー日本文化センターとCBSEの協力で作成された。2008年に9・10年生のシラバスが作成され、2009年秋には11・12年生のシラバスも作成予定である。マハラシュトラ州は、2005年に11〜12年生のシラバスを作成した。これらのシラバスは、教材シラバスまたはテストシラバスとして機能する。
【高等教育】
大学ごとにシラバスを作成し、UGCの承認を経て実施されている。
【学校教育以外】
統一シラバス、ガイドライン、カリキュラムはない。

統一されたものはなく、日本語能力試験が日本語運用力の目安として浸透している。 その他、JETRO試験や日本留学試験も実施されているが、現在のところ受験者は多くない。